デザイナー 皆川 明。 皆川明の服・ミナペルホネンのショップはどこ?値段や店舗を調査

minä perhonenデザイナー皆川明さん

デザイナー 皆川 明

皆川の会社は、21年間で売り上げが下がったことは、一度もないという。 その人気を支える理由のひとつが、オリジナルデザインの生地から服を作ることにある。 皆川が描くデザインは、花や動物、幾何学模様などの素朴なモチーフ。 古い絵本に出てきそうで懐かしくて楽しい。 流行やマーケティングはいっさい考えない。 よりどころは、自分の喜びに従うことだけだ「周りの人に喜んでもらえると思って描けば描くほど、自分の思いは小さくなる。 自分が喜んで描くものは、人も喜んでくれると信じて、精一杯やるしかない」 周りを喜ばせたいと思いすぎると作為が勝ちすぎる。 描いている自分自身が喜べなければ、いいデザインは生まれないと考えている。 形はシンプルだが、独特の柄が人気を集める 図案は必ず手書きで描く そのほうがデザインに気持ちが乗ると話す 皆川のデザインは、日常にある普通のモチーフなのに、どこか不思議さがある。 その発想の秘密を、皆川は、「この世の中にマイナスしか持っていない事象はきっとないと思っていることが、デザインする上での根っこになっている」と話す。 例えば、人生に見立てた砂時計のデザインは、残り時間がなくなる切なさより、記憶や経験が増えるといったポジティブな一面をカラフルに楽しく表現した。 戦闘服などに使われる迷彩柄も、かわいい草花で表現。 戦争ではなく、幸せのメッセージに転換した。 その発想は、服の売り方にも表れている。 皆川は、新しい服を次々買ってもらいたいと思っていない。 長く着てほころびた服は、お店に持ってきてもらえば必ず直す。 中には、生地がすり切れると、あえて黄色くした裏地が見えてくるなど、長く着ることを楽しんでもらうための仕掛けが施されている服もある。 「マイナスから、プラスを見いだす」という発想の原点は、皆川が歩んできた人生そのものにある。 19歳でファッションの世界を志し、服飾の専門学校に入学。 しかし、不器用でうまく服が作れない落ちこぼれだった。 それでも、服作りの道をあきらめず、縫製工場やアパレルメーカーで働き、技術を磨いた。 そして、27歳で独立。 服の形だけでは、他のデザイナーと比べて能力が落ちると考えていた皆川は、生地作りから自分で手がけることにした。 流行やトレンドに乗らない素朴なデザインの皆川の服は、ファッション業界で注目を集め、人気になっていった。 「自分ができないことに出会った時に、できない状態でいるよりは自分にできることを相対的に見つけてみる。 社会的にはマイナスに見えることが、自分にとってはプラスになることがあると考えてみる。 そういうことを、ずっとしてきた」 落ちていく砂を人生に見立てた砂時計のデザイン 迷彩柄を草花で表現 幸せのメッセージに転換 時間を見つけて、お店にも立つ 独立した当時、魚市場で生活費を稼ぎながら、服を作り続けた 皆川はこの夏、これまでにない大きな花のデザインに挑んだ。 頼りにしたのは、20年以上もつきあいのある刺しゅう工場の職人。 大きな花に刺しゅうを重ねて立体的にすることで、インパクトをつけたいと考えていた。 しかし、重ね縫いした部分に筋が出てしまうなど、なかなか思うようにうまくいかない。 そんなときに訪ねたのが、4年前から親交を続ける沖縄陶芸界の巨匠、大嶺實清さん。 大嶺さんのものづくりに触れた皆川。 どんなに作り込んでも届かない、無為の美しさがあることに改めて気付かされる。 「思う方向に向かいたいと思いながら、思っているうちはできそうもないジレンマがある。 そういう意味では思っていないと、その瞬間もないと思うが、思っているうちはその瞬間ではないので、もやもやしているっていうことはある」 製作に取りかかって1か月後。 皆川は重ねて縫う作り込み方をやめ、鉛筆で描いた図案をそのままシンプルに表現することにした。 出来上がった服を見て、皆川は、満足げな顔を浮かべた。 この夏、これまでにない大きな花のデザインに挑戦 刺しゅう職人と二人三脚でデザインを具現化していく 試行錯誤の末、完成した大きな花のデザイン.

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mina perhonen / 皆川 明|マルニ木工オンラインショップ

デザイナー 皆川 明

服をはじめ、家具や器といったプロダクトデザインまで幅広く手掛てきたことが評価され、「毎日ファッション大賞」大賞(2006)や「」(2016年)、「平成27年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞」(2016)を受賞。 近年ファッション業界でも取り組みが盛んになっているサステナビリティーを設立当初から意識し、服を製作した後の残布を用いた「ミニバッグ(mini bag)」や「エッグ バッグ(egg bag)」といったアイテムを継続して販売している。 会場は皆川自身が命名した「実」「森」「風」「芽」「種」「根」「土」「空」の8つの部屋からなり、建築家の田根剛が会場構成を担当した。 入口では、皆川がこれまで手掛けてきたアーカイブのテキスタイルを使ったクッションを壁一面に敷き詰め、色とりどりの温もりある空間演出で鑑賞者を出迎える。 「実」では、25個の小さなドットを輪っか状に並べた刺繍柄「タンバリン」にフォーカスし、タンバリンを使った初めての服や1つの輪に使われる糸の長さ、これまでに生産した同柄の生地の長さ、生地一反に並ぶ輪の数といったユニークな視点からデザインを解説。 「森」には2020年春夏コレクションの新作とアーカイブから約400着のトルソーを部屋を囲むように並べ、木々が生い茂る森をイメージしたという。 「風」では映像作家の藤井光が山形県、沖縄県、東京都、パリの4つの都市を舞台に、それぞれの都市で暮らす愛用者たちを捉えた映像作品「着る喜びの風景」を放映し、放映ブースに並べられた椅子にもミナ ペルホネンのテキスタイルをあしらった。 現在3,000種類を超えるテキスタイルについて深掘りする「芽」には、プリント用原画や織物用のデザイン、刺繍用図案など87点を展示している。 会場内で最も展示面積が広い「種」は皆川とブランドのアイデアの宝庫の様な空間で、コレクションテーマのメモや製品の仕様指示書、様々な企業やブランドと協業した作品が集結。 監修を担当している良品計画のプロジェクト「」のアイデア画をはじめ、「」とコラボレーションしたテーブルウェアや、青山スパイラル5階の直営セレクトショップ「」がオープンした際に皆川が直筆で書いた求人広告といった幅広い活動の軌跡をたどることができる。 また、皆川が2015年から構想していたという宿「シェル ハウス(shell house)」を設置。 建築家の中村好文の協力を得て実現し、デザイン案や設計図、模型なども公開している。 「根」では、2016年から「朝日新聞」で連載している「日曜に想う」のための挿画99点と、2016年1月から2017年2月まで日本経済新聞で川上弘美が連載した小説「森へ行きましょう」の挿画170点を公開。 皆川のものづくりの根幹のひとつである「人の記憶を繋げる服」を体現する「土」では、個人が所有するミナ ペルホネンの服を所有年数と服にまつわるストーリーと共に紹介し、「時が経過しても色褪せない服」を鑑賞者に考えさせる空間を演出している。 最後の部屋「空」は皆川のインタビュー動画のほか、100周年を迎える予定の2095年を付け足したブランド年表を展示。 2095年の項目には「過ぎた100年を根としてこれからの100年を続けたい」という皆川のメッセージを添え、展覧会を締めくくっている。

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皆川明(ファションデザイナー)の嫁イイノナホとは!子供や離婚とは?

デザイナー 皆川 明

ガラス作家。 1967年、北海道洞爺湖温泉町生まれ、東京四谷育ち。 武蔵野美術大学彫刻科卒業後、吹きガラスを始める。 東京ガラス工芸研究所日曜講座。 2007年、東京中野にガラス工房を開き、ブランド名をiino naho glass garden(ingg)とする。 pass-the-baton. 文化服装学院夜間部卒業。 テキスタイルデザイナーを経、1995年『mina』スタート。 2000年 白金台にアトリエ兼ショップをオープン。 以来、レディースの服や鞄、小物、インテリアなどを発表し、豊かなイメージを内包する物語性とクオリティをあわせもったファッションブランドとして注目を集める。 特に素材となる生地は当初よりオリジナルで作られており、現在では色展開を含め350種を超えるファブリックを展開。 出典:神戸学園 イイノナホさんにとっては 再婚相手で二人目の夫です。 2012年に結婚して、イイノナホさんは普段工房でこもっていて、皆川明さんは8店舗経営というらしく仕事が忙しいので、普段は別々で行動し生活リズムも違う結婚生活を送っています。 イイノナホの子供 娘が3人います。 皆川さんとの間の子供ではなく、前夫との娘たちで現在学校に通っているとのこと。 exblog. イイノナホさんのデビューからの20周年パーティを自宅でしました。 家の中も豪華です。 中庭に通じる部屋にグランドピアノがおける広さ。 この場所は小説家、壷井繁治・栄さんのご自宅跡。 囲炉裏の鉄瓶はそのまま受け継いだ物だそうです。 重厚なキッチンテーブルには、ナホさんのシャンデリアの作品があります。 中庭の一角には工房があります。 庭にはこんな可愛い手作りの巣箱も。

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