明治36。 明治36年から昭和5年までの衆議院議員年齢分布を見る|政治ドットコム

明治〜平成 値段史

明治36

明治時代の出来事 明治31年〜明治40年 1898-1907 ・ 日本で初めて自動車が走ったのがこの年で、フランスのメール・フェートンという自動車が、築地から上野をデモンストレーション走行しました。 この時は【石油動機車】と称されていましたが、この後その自動車は競売にかけられたものの、6000円の値に対し、5300円の入札で、結局買い手は付きませんでした。 その後、わが国初の国産自動車が作られるのは26年後となりますが、写真は大正終わりに試験走行をしている国産車第1号となるオートモ号です。 (写真26) 先にエジソンによって発明された【蓄音機】ですが、日本で最初に販売されたのはこの年からで、銀座の天賞堂で33円と48円の値で販売されました。 そして12月には、上野公園に【西郷隆盛銅像】が建てられます。 以来西郷隆盛像は観光名所として大勢の人々が訪れる場となっていきます。 (写真27) 大阪で鳥居商店が開業し、【ぶどう酒】の製造が開始されますが、これが現・サントリーの前身です。 また8月には日本麦酒が新橋に日本初の【ビアホール】を開店します。 カゴメの創業者である蟹江一太郎が軍を退役し、上官の進めもあって西洋野菜の栽培と共に、トマトの栽培を開始したのもこの年です。 当時はトマトの独特の匂いが市場や八百屋で嫌われ、全く置いてもらえない状況が続きますが、後に西洋ではソースとして使われていることが多い事をヒントに作ったのが、トマトケチャップとウスターソースです。 また森永西洋菓子製造所(現森永製菓)が洋菓子店を開業したものこの年です。 この年10月には浅草に水族館が開館します。 元々民間水族館第1号として明治18年に開館しましたが、当時の海水魚の飼育方法が確立していなかった事もあって1年で閉館となりましたが、ようやく技術も発達しての新しい水族館です。 当時は千葉県富津から海水を運び入れ、循環設備も整っていたようで、111種の魚が泳いでいたそうです。 (写真28) 花、鉄道唱歌、おおさむこさむ、うらしまたろう、きんたろう 最近は携帯電話に押されて少なくなりつつある公衆電話ですが、初めて上野と新橋に公衆電話が設置されたのがこの年です。 今も《食の安全》が問われていますが、この頃にも、『贈り物としてもらった菓子にカビの生えたケースが多い為、菓子折に製造年月日を入れよ』との声が起こっています。 26.国産車第1号のオートモ号試験走行・国立科学博物館より 27.大正時代の西郷隆盛像・絵葉書 28. 浅草公園水族館・テプコ浅草館蔵 お正月、花咲爺、荒城の月、箱根八里、兎と亀、鳩ぽっぽ 【肉じゃが】が登場したのがこの年です。 これは海軍の舞鶴鎮守台初代長官でもあった東郷平八郎が、イギリス留学中に食べたじゃがいもと肉のシチューを懐かしがって、部下に肉とジャガイモの料理を作るように命じたのが初めと言われています。 そして最近は見かけなくなりましたが【赤い郵便ポスト】が初めて登場したのもこの頃で、従来は四角い木製だったものが、日本橋に設置されたのは鉄製の円形の赤い郵便柱函です。 この時は試用として設置されましたが、正式に登場したのはその7年後のことで、その後全国各地に設置されていきます。 『子供たちの唱歌なのに、難しい文語が使われては楽しく歌えないのでは?』という疑問から、初めて《話し言葉》で作られた唱歌として、【鳩ぽっぽ】が発表されます。 (東くめ作詞、滝廉太郎作曲) これは、東くめが、浅草浅草寺の鳩と子供たちの様子を見て作詞されたと言われており、浅草寺境内には【鳩ポッポの歌碑】があります。 (写真28) 詳しくはホームページ内【】をご覧下さい。 28.浅草寺境内にある鳩ポッポの歌碑 明治35年 浅草署が管内の劇場に備え付けの【ポンプ】の総点検を厳命します。 右は当時の火消したちが使っていたと思われる防火用の木製の【ポンプ】です。 が、火を消すことよりも、火消しの人たちに水を掛けて火の粉から身を守る道具とも言われており、裏を見ますと明治24年新調との墨描きも見えます。 (写真29) そして下は江戸から明治時代にかけ、火消しの人たちが着用していた【刺し子半纏】で、柄は川中島の合戦の図です。 こうした火消しの人たちは、常に死と隣り合わせということもあり、威勢のいい柄の半纏を用いていたそうです。 (写真30) 湘南の足として活躍している【江ノ島電気鉄道】が開業したのもこの年です。 他にも蚊取り線香が今のような渦巻き型となったり、大衆薬の【征露丸】が【大鵬薬品】より販売されました。 今ではごく普通に目にするバナナですが、台湾バナナの輸入が開始されたのがこの年です。 既に織田信長の時代にバナナが登場していたようですが、本格的な輸入としてはこの時からで、当時は輸入量も少なくとても高価な果物だったようです。 そういえば子供の頃、母が『昔はバナナはいつも家にある果物ではなかったのよー』と言っていたのを思い出します。 東京に初めて路面電車が走ったのもこの年です。 既に馬車鉄道として使われていたレールを用いて、品川〜新橋間に登場したのは、木造車両の定員は40人、所要時間は1時間半という長い時間がかかったそうです。 都会のオアシスとして知られる【日比谷公園】ですが、この年6月に初の洋式公園として開園しました。 元々は日比谷潟と言われた入り江だった部分を干拓し、幕末までは諸藩の藩邸がありました。 明治に入って日比谷練平場となり、その後官公庁を日比谷に移す案が出たものの、元々入り江だった事から地盤が軟らかく、洋式建築には大規模な基礎工事が必要な事から、公園となったと言われています。 29.明治24年当時の消防用ポンプ 30.. 江戸〜明治期の火消し用刺し子半纏 この年2月に日露戦争が勃発しますが、この後に大流行した女性の髪形に【二百三高地髷】があります。 大正時代の項目にも、この【】がありますが、ひさしが大きく張り出した独特の髷です。 (写真31) 31.大正時代の二百三高地髷 またこの年に日本初のデパートとなる【三越呉服店】が開店します。 延宝元年(1673)に創業した越後屋と、営業権を譲り受けた三井呉服店名を取って【株式会社三越呉服店】とし、欧米のデパートにならって、《デパートメントストア宣言》をして開業しますが、これが日本のデパートの始まりと言われています。 この頃の店舗は、二階建てで上下階合わせると760畳ほどもあり、客は正面入口で下足を脱ぎ、履物をあずけて畳と絨毯の上を歩いて買い物する造りで、この後店内に食堂を開設したり、輸入化粧品や、靴、洋傘など扱い品目も増えていきます。 (写真32) 32.昭和初期の三越百貨店・絵葉書 前年勃発した日露戦争も1月は終わりを告げ、この時の旅順陥落を記念して設置されたのが、【勝鬨の渡し】です。 現在は【勝鬨橋】として橋が架かっていますが、当時は渡し舟で往来していたようです。 森下博薬房(現森下仁丹)が【仁丹】を販売したのがこの年ですが、当時流行していたコレラの予防効果と、徹底した宣伝手法も重なって、以降ベストセラーの薬になっていきます。 宣伝で有名なひとつが、大正時代になって建てられた【仁丹塔】で後に掲載する予定の上野の夜景にも輝いています。 ただでさえ大きな看板塔が、夜になると文字が光るという効果抜群の宣伝塔で、ここ以外にも大阪や浅草にも塔が建ち、特に浅草の仁丹塔は昭和61年に解体されるまで、浅草のシンボルとして親しまれていました。 また、夏目漱石が【ホトトギス】にて【吾輩は猫である】を発表したのもこの年です。 写真33は 現在も人気の台東区三ノ輪の桜鍋専門店【中江】です。 創業は明治38年ですが、その頃は馬肉専門の鍋屋が流行り、東京市内だけでも300軒を越す程の人気で、この吉原近辺にも20軒は創業していたそうですが現在三ノ輪ではここ1軒となりました。 そしてこの中江のお隣は、明治22年創業の天ぷら屋【土手の伊勢屋】です。 こちらもお昼前からお客さんが並ぶ人気のお店ですが、この一角のみタイムスリップしたような町並みが広がります。 (写真34) 因みにこの近くには山谷堀があり、それらの堤防があったことから、この前の通りは【土手通り】とも言われ、そこから【土手の・・・】という名がついています。 33.明治38年創業の桜鍋専門店 中江 34.明治22年創業のてんぷら屋 土手の伊勢屋 前述の日比谷公園に、我が国初の【野外音楽堂】が出来たのが、この年8月です。 八角形の近代的な屋根が特徴で、西洋音楽の演奏がなされ、【日比谷奏楽】とも言われていました。 現在も日比谷公園内に建つ【音楽堂】は3代目ですが、右の写真は初代の【音楽堂】です。 明治末から大正時代の絵葉書と思われますが、音楽堂の周りには、着物姿から洋装の方が何重にも囲んで、演奏会を見聞きしているようです。 中にはうるさくて耳を塞いでいるような姿も見えますが、相当の人気だった事がわかります。 (写真35) 35.日比谷公園音楽堂・絵葉書 上野公園にて【第六回東京勧業博覧会】が開催されますが、この時は先に登場している蓄音機が公開されたり、宮田自転車が最新式自転車を展示し金賞を受賞します。 また娯楽では室内温水プールや東京初の【ウォーターシュート】(写真36)などが人気となりますが、それ以上の目玉は【観覧車】でした。 今でも【観覧車】は人気の乗り物ですが、この時の観覧車は【空中観覧車】【空中回転車】などと呼ばれ、当時の解説では、 《人が乗れる箱が18個吊るし、水車のように回り、空中三十尺程の高さに上がる乗り物で、乗車料二十銭、学生小児は十銭》 となっていますが、この時はあまりの高さに顔面蒼白になった人もいたようです。 (写真37) 尚、博覧会が終了してからは、この空中回転車しばらくは浅草六区の南に移されたそうです。 8月には山手線に電車が導入され、また女性の水着(シマウマ)が登場したりします。 36.第6回東京勧業博覧会でのウォーターシュート・絵葉書 37.東京勧業博覧会観覧車・絵葉書.

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明治の1円(一圓)銀貨の価値と買取相場

明治36

こんにちは古銭の買取売却査定ナビです。 今回は明治の一円 一圓 銀貨の価値や業者による買取相場について記載していきたいと思います。 明治の一円銀貨の贋作 偽物 でよくあるタイプが重量が24g〜25g程度しか無い軽いタイプです。 この重量が軽い贋作 偽物 は昭和頃に数多く出回り、現在でも市場にて流通しているので購入時には重量を計測するようにした方がいいでしょう! 明治の旧一円銀貨の価値と相場 明治3年に発行された1円銀貨 旧一円銀貨 です。 発行枚数は3,685,049枚で重量は26. 95g、直径38. 5mm、銀の品位は0. 900となっております。 上記のような円 圓 の筆跡が異なるタイプ type1, type2, type3 によってカテゴリー分けされており、Y 5. 1〜Y 5. 3の3種類があります。 種類 Type1 約4. 3万円 約5. 75万円 約9. 8万円 Type2 約5. 75万円 約8万円 約11. 5万円 Type3 約6. 9万円 約19万円 約26万円 各タイプのカタログ価格価格上記のようになります。 発行枚数は全て合わせて3685049枚で数多くが発行されていますがType3の現存数は少なく希少性が高いためカタログ価格、買い取り価格も高額です。 ONE YENの新一圓銀貨の価値と相場 一円銀貨は先ほど見たタイプ以外にONE YEN表記のタイプ 新一円銀貨:Y A25. 1〜25. 3 があります 画像は明治8年の特年タイプ。 全体での発行枚数は非常に多く、市場で見かける1円 一圓 銀貨はこのタイプの方が多いと思います! Y A25. 2のもっとも大型のタイプは明治7年〜明治20年まで発行されました。 重量は26. 96g、直径38. 6mm、銀の品位は0. 900となっておりカタログ価格は下記の通りです。 カタログは国際的な相場が判る米国のものを使っています、そのためカタログの種類によって下記と若干異なる価格の可能性があります。 年号 美品 極美品 未使用 明治7年 12万円 21. 5万円 50万円 明治8年 60万円 100万円 165万円 明治11年 5万円 8万円 25万円 明治12年 19万円 29万円 65万円 明治13年 1. 75万円 3万円 10万円 明治14年 2. 25万円 3. 5万円 11万円 明治15年 1 万円 2万円 7. 5万円 明治16年 1. 25 万円 2. 25万円 8. 5万円 明治17年 1. 75万円 3万円 9. 5万円 明治18年 1. 25万円 2万円 8. 5万円 明治19年 1. 25万円 2万円 8. 75万円 明治20年 2. 25万円 3. 25万円 14. 5万円 Y A25. 1 直径38. 6mm 大型 とY A25. 3 直径38. 1mm 小型 につきましては重量26. 96g、銀の品位0. 900となっており、カタログ価格は下記の通りです。 年号 美品 極美品 未使用 明治7年 Y A25. 1 13万円 23万円 50万円 明治19年 Y A25. 3 9万円 17. 5万円 40万円 明治20年 Y A25. 3 0. 75万円 1. 5万円 8. 5万円 明治21年 Y A25. 3 0. 5万円 0. 75万円 4. 75万円 明治22年 Y A25. 3 0. 45万円 0. 65万円 2. 75万円 明治23年 Y A25. 3 0. 45万円 0. 65万円 2. 75万円 明治24年 Y A25. 3 0. 32万円 0. 5万円 2万円 明治25年 Y A25. 3 2万円 4. 25万円 15万円 明治26年 Y A25. 3 0. 35万円 0. 55万円 3. 75万円 明治27年 Y A25. 3 0. 32万円 0. 5万円 2. 75万円 明治28年 Y A25. 3 0. 28万円 0. 45万円 1. 75万円 明治29年 Y A25. 3 0. 28万円 0. 45万円 1. 75万円 明治30年 Y A25. 3 0. 32万円 0. 5万円 1. 85万円 明治34年 Y A25. 3 0. 5万円 0. 95万円 1. 75万円 明治35年 Y A25. 3 0. 85万円 1. 5万円 3万円 明治36年 Y A25. 3 0. 4万円 0. 7万円 1. 75万円 明治37年 Y A25. 3 0. 4万円 0. 7万円 1. 75万円 明治38年 Y A25. 3 0. 4万円 0. 7万円 1. 75万円 明治39年 Y A25. 3 0. 5万円 0. 95万円 4. 5万円 明治41年 Y A25. 3 1. 75万円 3万円 10万円 明治45年 Y A25. 3 0. 4万円 0. 6万円 1. 5万円 明治25年につきましては2タイプ 前期と後期 あり高い方を掲載しています。 安い方は明治26年とほぼ同一の価格帯です。

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昭和からの贈りもの 明治時代の出来事 明治31年〜明治40年

明治36

New 2020年(令和2年)の数字は、とりあえず3月末の暫定値です。 すべての値が確定するのは、令和3年秋になると思われます。 戦前は東京正米相場、戦後は政府買入価格。 1石、60キロ価格を1升(1. 5キロ)に換算。 なお、食糧管理法は昭和17年に制定され、平成6年に廃止された。 白米10Kg 東京での小売価格。 戦前は資料(S1 による中級米。 戦後は資料 S2:項目1003 、平成27年以降は項目1002による。 砂糖 東京での小売価格。 戦前は資料(S1 による。 戦後は資料 S2:項目1632 による。 たまご 東京での小売価格。 戦前は資料 A1 または T1 、戦後は資料(S2:項目1341 による。 たまご1個を60gで計算。 ビール 大瓶1本、平成7年以降は355ml缶ビール1本の小売り価格。 戦前は資料 I2 、戦後は資料 S2:項目2021 による。 そば・うどん 東京の食堂での値段。 昭和35年までは資料 A1 によるそばの値段、それ以降は資料(S2:項目2101 によるうどんの値段。 (きれいな値段に編集しています) コーヒー 東京の喫茶店での値段。 昭和30年までは資料 A1 、それ以降は資料 S2:項目2162 による。 (きれいな値段に編集しています) ゴールデンバット 資料(K4 参照。 なお、令和元年、製造停止された。 昭和20年のヤミ価格は、昭和20年10月、警視庁調査の池袋闇市での値段。 ただし、1年間通して働いていない人の収入も年収としているため、いわゆる年収よりは小さい値になっている。 戦後は、1年勤続の給与所得者の平均給与(いわゆるサラリーマンの年収)、資料 K3 による。 過去最大は、平成9年の467.3万円。 勤労者世帯実収入 二人以上勤労者世帯の平均月収。 配偶者などの家族の収入も含む。 資料 Y1-7;表12-1 , S3 による。 国家公務員初任給 いわゆるキャリア(大卒)の初任給。 人事院の資料による。 資料(K4 参照。 大卒初任給 戦前は大卒銀行員の初任給、資料 A1 による。 戦後は大卒男子の平均初任給、昭和は T4 、平成は K2 による。 巡査初任給 資料 A1 などによる。 高卒初任給 高卒男子の平均初任給。 昭和は資料 T4 、平成は資料 K2 による。 大工手間賃 東京での値段。 明治・大正期は資料 T1 による。 昭和5〜35年は資料 I1 、それ以降は S2:項目3172 による。 日雇い労働者賃金 東京での値段。 明治・大正期は資料 T1 による。 その後は資料(A1 などを元に編集。 なお、2012年、日雇い派遣は原則禁止された。 0キロ 8銭 45銭 1945 昭和20年 5銭 10銭(無制限) 10銭 19円(三等二種急行) 100円 都内一円 20銭 3.5円 1950 昭和25年 2円 1円(無制限) 5円 1020円(三等特急) 30円 2. 公衆電話 市内通話の料金。 資料(K4 参照。 鉄道料金 初乗り運賃 大正7年までは、新橋・品川間の料金(必ずしも最低料金とは限らない)。 資料(K4 参照。 鉄道料金 東京・大阪間料金 最下等の中で最高速の列車の運賃と急行などの料金の合計。 資料(K4 参照。 タクシー初乗り運賃 東京での値段。 資料(K4 参照。 公衆浴場 東京での値段。 戦前は不確かな部分もある。 資料(K4 参照。 理髪 東京での値段。 主に資料 A1 、戦後は(S2:項目9511 による。 朝日新聞 資料(K4 参照。 岩波文庫 資料(K4 参照。 三菱鉛筆 当初は「局用鉛筆」、昭和10年から「600番」、昭和14年から「9600番」、昭和21年から「9800番」の定価。 マッチ 並型マッチ1箱の値段。 資料 A1 などによる。 昭和20年のヤミ価格は、昭和20年10月、警視庁調査の池袋闇市での値段。 平成以降は、断片的な価格で、連続性はない。 1箱あたりの本数は、戦前は90本、その後60本、45本、37本と変化している。 ラジオ 資料 S2:項目9001 などをもとに編集。 自転車 実用車、軽快車の値段。 昭和30年までは資料 A1 、昭和35年以降は資料 S2:項目7201 をもとに編集。 昭和20年のみは日本銀行の数字。 ガソリン 自動車用ガソリン1リットルの値段。 昭和40年までは資料 A1 、それ以降は資料 S2:項目7301 による。 A1 週刊朝日編、「値段史年表 明治大正昭和」、1988 および「戦後値段史年表」、1995 K4 S2 総務省統計局、. 8kg 【クーラー】 14.6万円 4.1万円 14型 【ブラウン管】 15.3万円 19型 1975 昭和50年 【冷凍冷蔵庫】 9.7万円 150L 3.0万円 1. 8kg 16.5万円 3.2万円 12型 17.8万円 20型 1980 昭和55年 14.2万円 230L 2。 8万円 2. 0kg 昭和56 4.9万円 2. 5kg 17.7万円 2.3万円 12型 12.1万円 18型 1985 昭和60年 18.1万円 270L 2.5万円 2. 0kg 5.9万円 3. 0kg 17.7万円 【エアコン】 20.9万円 15.4万円 21型 1990 平成2年 14.3万円 300L 3.9万円 3. 6kg 7.0万円 4. 5kg 20.6万円 8.8万円 21型 1995 平成7年 23.8万円 375L 3.9万円 4. 0kg 6.5万円 5. 0kg 15.7万円 5.6万円 21型 2000 平成12年 15.7万円 375L 3.4万円 4. 0kg 4.5万円 5. 0kg 10.0万円 18.8万円 32型 2005 平成17年 14.9万円 401L 6.7万円 7. 0kg 7.9万円 17.9万円 32型 【液晶薄型】 32.0万円 32V型 2010 平成22年 14.4万円 401L 【洗濯乾燥機】 13.0万円 9. 0kg 5.7万円 7. 0kg 14.7万円 6.9万円 32V型 2015 平成27年 15.6万円 401L 23.0万円 10. 0kg 8.0万円 7. 0kg 19.1万円 5.6万円 32V型 2020 令和2年 18.0万円 401L 26.4万円 11. 0kg 9.5万円 8. 0kg 21.7万円 4.8万円 32V型 昭和30年以降は資料 S2 による。 冷蔵庫は項目4021、洗濯機は項目4041-4043、エアコンは項目4061-4062、テレビは項目9011-9013。 大きさなどの表示は簡略化した。 S2 総務省統計局、. そのため、必ずしも正確な料金表の数字を表していないことがある。 全て東京区部の一般家庭の料金で、比較的低料金・低使用量のモデルとした。 戦後の料金は、一部円未満を省略した。 平成以降の「*」印は、外税を示す。 電気料金 戦前は「10燭力」の電灯の「終夜灯」(日没から日の出まで)の定額料金。 「10燭力」はロウソク10本と同じ明るさの電球。 昭和30年以降は、30アンペア従量契約で、120kWh程度までの従量料金。 燃料費調整制度などによる調整は含まれていない。 ガス料金 昭和35年までは3600Kcal/㎥、昭和45年までは5000Kcal/㎥、昭和50年以降は11000Kcal/㎥。 30㎥程度までの料金表。 原料費調整制度などによる調整は含まれていない。 なお、1000立方フィート=28.3㎥、 3600Kcal/㎥のとき、10万Kcal=27.8㎥ 水道料金 昭和25年までは、5人までの1戸の放任給水(定額栓)の料金。 ただし、昭和20年のみは、建坪15坪以下の1戸の料金。 昭和30年以降は、20ミリ契約で、10〜20㎥程度の料金。 パチンコの貸玉料 資料 K4 参照。 東京ディズニーランド 昭和58年4月開園。 『少年サンデー』 小学館より、昭和34年3月発刊。 宝くじ 資料 K4 参照。 コンピュータのメモリ コンピュータの flip-flop, core, IC, SIMM, DIMM などのメモリのアメリカにおける値段。 Jhon C. McCallum の "Memory Prices 1957-2016 " による。 原典の米ドル単位を円単位に変換し、かつ大幅に丸めた。 概略の値段とお考えください。 令和の値段は、日本の市場価格からの推計値。 戦後は、東京都区部の指数(持家帰属を除く)、資料 Y1-7;表9-4 、および資料 S2 による。 明治33年以前は、他の指数を継続させている(N3。 過去最大は1982年10月の863。 資料 Y1-7;表9-2 による。 日本不動産研究所「市街地価格指数」による。 各年の3月の値(ただし、戦前は不定)。 過去最大は1991年の257.4。 アメリカの消費者物価指数 Bureau of Labor Statisics のデータによる。 K1 角川書店、「角川日本史辞典」、1966 N1 日本銀行の統計データ N3 日本銀行金融研究所、「貨幣年表」、昭和56 S2 総務省統計局の統計データ eーStat Y1-4 矢野恒太記念会、「日本の100年」改訂第4版、2000 Y1-6 矢野恒太記念会、「日本の100年」改訂第6版、2013 Y1-7 矢野恒太記念会、「日本の100年」改訂第7版、2020 年 通貨流通高 一般会計歳出 国民所得 年間消費支出 平均株価指数 1870 明治3年 0.55億円 1900万円 1875 明治8年 1.13億円 6900万円 【国民1人当り】 14円 1880 明治13年 1.83億円 6300万円 23円 1885 明治18年 1.53億円 6100万円 【1人当りGNP】 21円 20円 1890 明治23年 2.01億円 8200万円 26円 25円 1895 明治28年 2.60億円 8500万円 37円 32円 1900 明治33年 3.17億円 2.93億円 55円 50円 1905 明治38年 4.23億円 4.21億円 66円 54円 1910 明治43年 5.87億円 5.69億円 80円 68円 1915 大正4年 6.23億円 5.83億円 95円 71円 【東洋経済指数】 大正2 100 1920 大正9年 18.0億円 13.6億円 281円 209円 252 1925 大正14年 21.4億円 15.3億円 272円 222円 104 1930 昭和5年 19.1億円 15.6億円 227円 176円 86 1935 昭和10年 24.8億円 22.1億円 264円 209円 98 1940 昭和15年 63.2億円 58.6億円 512円 283円 132 1945 昭和20年 567億円 215億円 1950 昭和25年 0.43兆円 0.63兆円 4.7万円 【勤労者1世帯当り】 14万円 【日経平均】 102円 1955 昭和30年 0.69兆円 1.02兆円 9.9万円 【1人当りGDP】 9.6万円 28万円 426円 1960 昭和35年 1.30兆円 1.74兆円 18万円 39万円 1,357円 1965 昭和40年 2.70兆円 3.72兆円 34万円 59万円 1,418円 1970 昭和45年 5.90兆円 8.18兆円 73万円 99万円 1,918円 1975 昭和50年 13.3兆円 20.9兆円 133万円 199万円 4,359円 1980 昭和55年 20.3兆円 43.4兆円 212万円 286万円 7,116円 1985 昭和60年 27.0兆円 53.0兆円 273万円 347万円 13,113円 1990 平成2年 43.0兆円 69.3兆円 365万円 398万円 23,849円 1995 平成7年 50.1兆円 75.9兆円 411万円 420万円 19,868円 2000 平成12年 67.6兆円 89.3兆円 416万円 【1人あたりGNI】 423万円 410万円 13,786円 2005 平成17年 83.8兆円 85.5兆円 406万円 395万円 16,111円 2010 平成22年 86.9兆円 95.3兆円 399万円 382万円 10,223円 2015 平成27年 103.1兆円 98.2兆円 428万円 378万円 19,034円 2020 令和2年 114.6兆円 予算102. 66兆円 453万円 18,891円 通貨流通高 各年末の値。 資料 Y1-7;表9-23 、および日本銀行のデータによる。 一般会計歳出 中央財政の一般会計支出済歳出額。 資料 Y1-7;表9-8 、および財務省のデータによる。 国民所得 国民1人あたりの名目GNP・GDP・GNI。 資料 Y1-7 、および内閣府のデータなどから1人あたりの数字に計算。 年間消費支出 戦前は資料 T6 、戦後は資料 Y1-7;表12-2 , S3 による。 戦前は1人あたり、戦後は1世帯あたり、に注意。 なお、世帯人員は戦前は5〜6人、戦後は3〜5人程度。 東洋経済指数 東洋経済新報社調べ。 大正2年の平均を100とした指数。 各年1月末の値。 資料 T4 による。 日経平均株価 大納会の終値。 それ以降は、資料 T5 による年平均の税抜参考小売価格。 これまでの最高値は、1980年1月21日の6495円。 銀 昭和45年までは、資料 Z1 による日本市値。 それ以降は、資料 T5 による年平均の税抜参考小売価格。 これまでの最高値は、1980年1月の366.87円。 外国為替相場 戦前は年間平均相場、資料 T1 などをもとに計算。 戦後は年末の相場、主に N1 による。 戦後最大の円高は、2011年10月21日の1ドル=75.78円。 なお、ユーロ移行時、1ユーロ=1. 95583マルク=6. 55957フラン。 株式会社小寺商店の「不動産豆知識」による。 平成3年がバブルのピーク。 長者番付 平成17年以降は公表されていない。 それまでの最高は、平成10年浜田武雄(レイク)の69.7億円。 総理大臣の月給 内閣制度発足前は左右大臣または太政大臣の年俸の12分の1。 戦後はボーナスや各種手当もあるがここには含まれていない。 大臣名はその年の代表例。 1 〜 12 は月を示す。 特記ない場合、上段は4月、下段は10月。 昭和20年3月までは資料 T7 、それ以降は資料 N4 による。 なお公定価格は、米1升50銭、たまご1個10銭。 工場労働者の月給 全国平均値。 昭和20年までは資料 A2 、それ以降は資料(N4 による。 きれいな数字に編集した。 はがき、国鉄の料金は、 K4 参照。 小売物価指数は、東京の指数。 資料T4 による。 人口 1920年までは1月1日現在、それ以降は10月1日現在。 Y1-7;表1-5 などによる。 これまでの最高は、2008年の1億2808万人。 農林業の割合 全就業者中の農林業就業者の割合。 主に総務省統計局のデータによる。 エンゲル係数 戦前は T6 による。 これらの調査方法に整合性はない。 就学率 義務教育の就学率。 昭和までは S1 、平成は総務省統計局のデータによる。 大学進学率 短大を含まない。 M1 による。 戦前は男子のみで、数字はアバウト。 ラジオ・テレビ普及率 電灯の普及率は主に H1 による。 ラジオは I2 による。 テレビは N2 による。 これらの調査方法に整合性はない。 H1 本間立志監修、「日本経済統計集」、日外アソシエーツ、1999 I2 岩波書店、「岩波日本史辞典」、1999 M1 文部科学省、「学校基本調査」および「文部省年報」 N2 内閣府、「主要耐久消費財等の普及率(二人以上の一般世帯)」 S1 総務省統計局、「日本長期統計総覧」、日本統計協会、昭和63 S3 総務省統計局、 T6 東洋経済新報社、「長期経済統計」、昭和63 Y1-7 矢野恒太記念会、「日本の100年」改訂第7版、2020 Y2 吉川弘文館、「明治時代史大辞典」、2013 必ずしも厳密な意味での本邦初の値段とは限りません。 できるだけ、(業務用ではなく)一般家庭用を対象としました。 なお、明治初期には、江戸時代の貨幣単位が使われることがありました。 金1両=金4分(ぶ)=金16朱=1円。 金1分は25銭、金1朱は6.25銭。 銀1匁=銀10分(ふん)=銀100厘=60分の1円。 銀1匁は1.67銭、銀1分は1.67厘。 銭1貫=銭1000文=10銭。 銭100文は1銭。 (1) 文具、生活用品、娯楽用品の値段 年 項目 値段 備考 1862 文久2年12月 英和辞典 2両 (のち10〜20両に高騰) 開成所が『英和対訳袖珍辞書』を刊行。 953ページ。 200部刊行。 1868 慶応4年2月 ミシン(輸入品) 80両(65米ドル) ドイツ製の「シウイングマシネ sewing machine」。 1870 明治3年12月 日刊新聞 1部 銀1匁 横浜活版社発行の『横浜毎日新聞』。 2ページ。 1874 明治7年4月 総合雑誌 3〜5銭 (ページ数による) 明六社の『明六雑誌』。 月に2〜3回刊行。 12〜24ページ。 1887 明治20年 鉛筆 1本 1厘 眞崎鉛筆製造所(後の三菱鉛筆)。 (明治34年に「(郵便)局用鉛筆」と命名)。 1903 明治36年11月 レコード レコード 1.75〜5円 蓄音機 36、48、75円 天賞堂が「平円盤」(レコード)と「写声機」(蓄音機)を 米コロムビアから輸入販売。 1917 大正6年 腕時計 金側 29.5円 銀側 9.5円 服部時計店(セイコー) 「ローレル12型」。 1923 大正12年 手動計算機 240円 大本鉄工所 「タイガー計算機」。 1925 大正14年3月 ラジオ 本体 125円 拡声器付 245円 NHKの本放送開始。 高島屋が「無線電話機(ラヂオ)」を販売。 NHKの受信料は、当初は無料、翌年より1円/月。 1927 昭和2年 自転車(国産) 東京 75円 地方 80円 宮田工業 「ギヤエム」。 1935 昭和10年 乗用車(国産) 1650円 日産自動車 「ダットサン14型ロードスター」。 1950 昭和25年3月 テープレコーダー 16万円 東京通信工業(ソニー) 「テープコーダーG型」。 紙テープ式。 1952 昭和27年 電気冷蔵庫(家庭用) 約8万円 90Lの一般家庭用。 1953 昭和28年2月 白黒テレビ 14インチ 17.5万円 NHKテレビ本放送開始。 1.1リットル炊き。 1956 昭和31年 分譲マンション 2DK 156万円 3LDK 233万円 日本信販 「四ツ谷コーポラス」。 5階建て28戸。 1959 昭和34年3月 少年向け週刊誌 『週刊少年サンデー』 30円 『週刊少年マガジン』 40円 小学館がサンデー、講談社がマガジンを同時に発行。 1959 昭和34年10月 カメラ(大衆用) 6800円 「オリンパス・ペン」。 ハーフサイズ。 1960 昭和35年7月 カラーテレビ 17インチ 42万円 21インチ 52万円 NHKカラーテレビ本放送開始。 東芝・日立・三菱・松下などが販売開始。 1966 昭和41年4月 マイカー スタンダード 41万円 デラックス 46万円 日産自動車 「サニー B10」。 2ドアセダン。 1972 昭和47年8月 電卓(個人用) 12,800円 カシオ電気 「カシオミニ」。 6桁電卓。 録画テープは120分用1本6000円。 Microsoft Basic 搭載。 1980 昭和55年6月 温水洗浄便座 14.9万円 TOTO 「ウォシュレットG」。 (9月に「マリオブラザーズ」発売、4500円) 1986 昭和61年4月 レンズ付きフィルム 1000円 富士フィルム 「写ルンです」。 39万画素。 1993 平成5年11月 電動アシスト自転車 14.9万円 ヤマハ 「PAS」 1995 平成7年9月 液晶テレビ(家庭用) 15万円 シャープ 10. 4型液晶テレビ「ウィンドウ LC-104TV1」。 1999 平成11年6月 ロボット 25万円 ソニー 「AIBO」 (2) 公共料金、サービス料金、観光料金 年 項目 値段 備考 1860 万延元年2月 ホテル 1泊 2ドル 1ヵ月連泊 50ドル オランダ人の元船長フフナーゲルが 横浜居留地で「横浜ホテル」を開業。 慶応2年(1866)消失。 1862 文久2年 写真撮影 1枚 金2分〜1両2分 下岡(桜田)蓮杖が横浜弁天通で写真館を開く。 1868 明治元年11月 ホテル(日本人経営) 1泊 2両2分 会食付き 3両2分 築地ホテル館。 (明治5年消失) 1874 明治7年12月 ガス料金 ガス燈1本1か月 3.555円 東京会議所が金杉橋から京橋までに85本のガス燈を設置。 1875 明治8年5月 郵便貯金 利子は 年5分(5%) 貯金限度額は 500円 当初は単に「貯金」と呼ばれた。 1882 明治15年1月 生命保険 保険料 30円 保険金 1000円 前年に発足していた明治生命が最初に支払った保険金。 1882 明治15年3月 動物園入園料 大人 1銭 小人 5厘 休日は2倍 科学博物館の付属設備として「上野動物園」が開園。 1886 明治19年7月 電気料金 半夜灯 終夜灯 8燭力 0.85円 1.45円 10燭力 1.00円 1.70円 16燭力 1.50円 2.50円 東京電燈(後の東京電力)の電燈点火料。 電燈1口ごとの月額料金。 半夜は日暮から12時まで、終夜は日暮から翌朝まで。 1燭力はおよそ1ワット。 1887 明治20年3月 所得税 年間所得 所得税率 300円超 1.0% 1000円超 1.5% 1万円超 2.0% 2万円超 2.5% 3万円超 3.0% 所得税法公布(7月実施)。 最高所得者は、岩崎久弥(三菱)の69.7万円。 芸者の舞踏や、銀座・浅草などの情景の映画。 1921 大正10年5月 公営住宅 月額家賃 6畳 6〜8円 7畳半 9円 8畳+4畳半 15円 横浜市営中村町共同住宅館。 全32室。 食堂・浴室・便所は共同利用。 月額食事代は、1日2食10円、1日3食15円。 1945 昭和20年7月 宝くじ 1枚 10円 1等賞金 10万円 20年7月16日発行 第1回勝札(かちふだ)。 抽選は8月25日。 1949 昭和24年3月 はとバス 250円 新日本観光(現はとバス)の「はとバス」。 上野公園、皇居前、赤坂離宮、浅草公園の4か所を巡る。 1949 昭和24年11月 ノーベル賞の賞金 156,289.62クローネ (30,171.74米ドル) (約1086万円) 湯川秀樹博士がノーベル物理学賞受賞。 1950 昭和25年 富裕税 財産 500万円超 0.5% 1000万円超 1% 2000万円超 2% 5000万円超 3% 「富裕税法」は、所得税の最高税率85%を 55%に軽減する代わりに導入された。 最高納税者は石橋徳次郎(日本ゴム)の2.46億円。 (3年後に廃止。 ) 1956 昭和31年4月 賃貸団地 2DK 月4600円 日本住宅公団 金岡団地(大阪府堺市)。 入居資格は月収2.5万円以上。 1964 昭和39年4月 海外旅行 ハワイ観光 37.5万円 海外旅行が自由化。 日本交通公社選定 「ハワイ・アロハコース 8日間 」。 2009 平成21年10月 仮想通貨 1米ドル=1309.03BTC ビットコイン。 1BTCは約0.07円。 2013 平成25年10月 観光寝台列車 1泊2日 15〜40万円 3泊4日 38〜95万円 JR九州が「ななつ星in九州」を運行開始。 2019 令和元年 宇宙旅行 25万ドル クラブツーリズム 「スペースシップ2」による宇宙旅行 (3) 交通料金 年 項目 値段 備考 1870 明治3年 蒸気船 (東京・横浜間) 上等別席 金3分 並席 金2分 弘明商会の弘明丸。 1870 明治3年5月 人力車 1人1里につき 金2朱 東京府が発明者・和泉要助らに与えた許可。 1872 明治5年10月 汽車 (新橋・横浜間) 新橋よりの下等賃銀: 品川まで 金1朱 横浜まで 金1分1朱 (中等はこの2倍、上等は3倍) 新橋・横浜間 1日9便。 横浜までの所要時間は53分。 1874 明治7年2月 青函連絡船 (青森・函館間) 上等 3円 中等 2円 並等 1.5円 ひと月3往復。 船内の食事は、1食 3〜5銭。 1889 明治22年9月 東海道線 (新橋・神戸間) 新橋よりの下等賃銭: 品川まで 4銭 横浜まで 20銭 大阪まで 3円56銭 神戸まで 3円76銭 (中等はこの2倍、上等は3倍) 新橋・神戸間の東海道全線開通。 16:45新橋発、17:35 横浜発 翌11:45大阪発、12:50神戸着。 1896 明治29年3月 欧州航路 (横浜・アントワープ間) 上等 450円 中等 300円 特別下等 180円 下等 150円 日本郵船が横浜・アントワープ間の定期航路を開始。 スエズ運河、マルセーユ、ロンドン経由。 所要時間は70日。 1896 明治29年8月 北米航路 (横浜・シアトル間) 上等 135ドル 中等 95ドル 下等 28ドル 日本郵船が横浜・シアトル間の定期航路を開始。 ホノルル経由で、所要時間は17日。 シアトル・ニューヨーク間の大北鉄道は50ドル。 なお、当時1ドル=約2円。 1903 明治36年11月 路線バス 1区間 4銭 二井商会が京都(堀川中立売〜七条駅〜祇園)で運行開始。 乗客4人まで。 1912 大正元年8月 タクシー 4人乗り 1マイルまで 60銭 以降半マイルごとに 10銭 タクシー自働車株式会社が有楽町で営業開始。 「辻待ち自動車」。 1マイルは1.6キロ。 2人乗りは50銭、5人乗りは1円。 1924 大正13年 国内航空 (東京・大阪間) 35円 朝日新聞社・東西定期航空会が定期旅客運航開始。 週1往復。 1927 昭和2年10月 地下鉄 10銭 東京地下鉄道が上野・浅草間で営業開始。 1951 昭和26年9月 国内航空(戦後) 東京より大阪まで 4500円 札幌まで 8450円 福岡まで 9150円 日本航空がDC3で運用開始。 1954 昭和29年2月 国際線 (羽田・サンフランシスコ間) 23.4万円 (650ドル) 日本航空が City of Tokyo を運航開始。 ウェーキ、ホノルル経由で、所要時間は31時間。 ファーストクラスのみ。 1964 昭和39年10月 新幹線ひかり (東京・新大阪間) 運賃+特急料金: 一等 2170円+2860円 二等 1180円+1300円 新幹線、東京・新大阪間営業開始。 所要時間は4時間。 (4) 通信料金 年 項目 値段 備考 1869 明治2年9月 電信電報 (東京・横浜間) カナ1字につき 銀1分 東京築地の運上所・横浜裁判所間開通。 1871 明治4年3月 郵便 (東京・大阪間) 川崎まで 100文 横浜まで 200文 名古屋まで 1100文 大阪まで 1500文 東京より重量5匁以下の料金 また、この料金は「駅」までの料金で、 駅から「村」までの配達料金も別途必要。 1872 明治5年3月 外国郵便 北京宛 8銭 上海宛 14銭 イギリス宛 24銭 アメリカ宛 28銭 4匁までの信書。 1890 明治23年12月 加入電話 年額基本料金 東京 40円 横浜 35円 逓信省が東京と横浜で電話事業を開始。 設置料は無料。 市内通話も無料。 加入者は東京155、横浜42。 1890 明治23年12月 公衆電話 市内5分以内 5銭 東京市内に15か所の「電話所」を設置。 1899 明治32年2月 長距離電話 (東京・大阪間) 基本料金 6円/年 通話料 1.6円/5分 加入者は150名。 1968 昭和43年7月 ポケットベル 予納金 10000円 月額使用料 2000円 予納金は毎月1000円を使用料に充当。 1979 昭和54年12月 移動電話 保証金 20万円 基本料金 3万円/月 通話料 10円/6.5秒 電電公社が自動車電話のサービス開始。 東京23区内のみ。 1985 昭和60年5月 パソコン通信 実験運用のため無料 アスキーネットが実験運用開始。 2年後に有料化されたが、正確な料金体系不明。 市内通信料3分10円+ISP接続料1分10円か? 1991 平成3年4月 携帯電話 加入料金 4.58万円 保証金 10万円 基本料金 1.7万円/月 通話料 10円/6.5秒 NTTがmovaのサービス開始。 富士通、NEC、三菱電機、パナソニックの4社が販売。 通話料金は、平日昼間160キロ内の料金。 (5) 軽食・嗜好品の値段 年 項目 値段 備考 1874 明治7年 あんぱん 1個 5厘 木村屋(現木村屋總本店)の酒種あんぱん。 「白ごま」と「けし」の2種類。 1877 明治10年9月 ビール 大瓶 16銭 小瓶 10銭 開拓使麦酒(現サッポロビール)の払下定価。 1ダースの値段はこの10倍。 1885 明治18年7月 駅弁 5銭 白木屋旅館が宇都宮駅で販売。 おにぎり2つとたくあん。 1888 明治21年4月 喫茶店のコーヒー カヒー 1銭5厘 牛乳入 2銭 鄭永慶(西村鶴吉)が上野に「可否茶館」を開店。 1899 明治32年 キャラメル 1粒 5厘 森永西洋菓子製造所の「森永ミルクキャラメル」。 1899 明治32年7月 ビヤホールのビール 半リーテル 10銭 四半リーテル 5銭 新橋に「恵比寿ビヤホール」がオープン。 リーテルはリットルのこと。 1907 明治40年4月 スイートワイン 40銭 壽屋(現サントリー)の「赤玉ポートワイン」。 1909 明治42年 サイダー 10銭 帝国礦泉(現アサヒ飲料)の「三ツ矢シャンペンサイダー」 1919 大正8年7月 カルピス 400㎖ 1円60銭 ラクトー株式会社(現カルピス)の「カルピス」。 1927 昭和2年6月 レストランのカレーライス 80銭 中村屋の「純印度式カリー」。 ライス、カリー、フルーツ、コーヒーのセット。 (当時の普通の食堂でのカレーライスは10〜12銭。 ) 1929 昭和4年 国産ウイスキー 4円50銭 寿屋の「サントリー・ウヰスキー」。 通称 「白札」。 1948 昭和23年11月 戦後のバナナ 100匁 250円 1本 40〜50円 戦後初めて台湾バナナが門司港に入荷。 (輸入が自由化されたのは昭和38年。 ) 1957 昭和32年5月 コカ・コーラ 35円 (内瓶代15円) 東京飲料の「コカ・コーラ」。 1958 昭和33年8月 インスタントラーメン 35円 日清食品の「即席チキンラーメン」。 1960 昭和35年8月 インスタントコーヒー 1杯あたり約10円 森永製菓の「森永インスタントコーヒー」。 1968 昭和43年2月 レトルトカレー 1人前 80円 大塚食品工業の「ボンカレー」。 1971 昭和46年9月 カップ麺 100円 日清食品の「カップヌードル」。 (6) 小売り形態 年 項目 値段 備考 1876 明治9年 通信販売 ー 『農学雑誌』でトウモロコシの種を通信販売。 1877 明治10年 レンタル 1時間25銭 横浜元町で石川孫右衛門が貸自転車業を開業。 1888 明治21年 自動販売機 ー 俵谷高七が発明した「煙草販売便器」。 (だだし、実用化はされていない) 1904 明治37年12月 デパート ー 三井呉服店(三越)の「デパートメントストア宣言」。 1921 大正10年 割賦販売 ー 東京新宿の「丸共合資商会」。 1926 大正15年 十銭ストア 10銭 高島屋大阪長堀店の「なんでも十銭均一売場」。 昭和48年、「キヨスク」と改称。 1961 昭和36年1月 クレジット ー 日本ダイナースクラブが会員募集を開始。 ほぼ同時期にJCBも開始。 1971 昭和46年2月 量販店 ー 東京新宿の「淀橋写真商会」が本格小売開始。 昭和49年10月、「ヨドバシカメラ」に改称。 1982 昭和57年12月 プリペイドカード 50度500円〜 電電公社の「テレホンカード」。 1985 昭和60年3月 100円ショップ 100円 ライフが愛知県春日井市に「100円ショップ」を開店。 オークション」を開始。 日常生活の中で使われていたコインの推移です。 発行されていた時期ではなく、日常生活の中で通常に使われていた(と思われる)時期で示しています。 現行10円玉、5円玉、1円玉の息の長さに、改めて驚かされます。 (図版は、日本貨幣商協同組合の『日本貨幣カタログ』を利用しました)。 年 50銭 20銭 10銭 5銭 2銭 1銭 5厘 1厘 1870 明治3年 8厘 1875 明治8年 1880 明治13年 1885 明治18年 1890 明治23年 1895 明治28年 1900 明治33年 1905 明治38年 1910 明治43年 1915 大正4年 1920 大正9年 1925 大正14年 1930 昭和5年 1935 昭和10年 1940 昭和15年 1945 昭和20年 年 5円 1円 50銭 10銭 5銭 1948 昭和23年 年 500円 100円 50円 10円 5円 1円 1950 昭和25年 1955 昭和30年 1960 昭和35年 1965 昭和40年 1970 昭和45年 1975 昭和50年 1980 昭和55年 1985 昭和60年 1965 昭和65年 1990 平成2年 1995 平成7年 2000 平成12年 2005 平成17年 2010 平成22年 2015 平成27年 2020 令和2年 日常生活の中で使われていた紙幣の推移です。 主なものだけを示しました。 (図版は、日本貨幣商協同組合の『日本貨幣カタログ』を利用しました)。 年 明治5年 明治通宝 明治6年 旧国立銀行券 明治10年 新国立銀行券 明治15年 改造紙幣 (神功皇后札) 明治18年 旧兌換銀行券 (大黒札) 明治21年 改造兌換銀行券 大正4年 大正兌換銀行券 昭和5年 兌換券 (1次札) 昭和18年 不兌紙幣 (2次札) 昭和21年 日銀券A号 昭和25年 日銀券B号 昭和32年 日銀券C号 昭和59年 日銀券D号 平成16年 日銀券E号 令和6年予定 参考文献 A1 週刊朝日編、「値段史年表 明治大正昭和」、1988 および「戦後値段史年表」、1995 A2 「朝日年鑑」、朝日新聞社、昭和22〜 H1 本間立志監修、「日本経済統計集」、日外アソシエーツ、1999 I1 岩崎爾郎、「物価の世相100年」、読売新聞社、1982 I2 岩波書店、「岩波日本史辞典」、1999 K1 角川書店、「角川日本史辞典」、1966 K2 厚生労働省、「賃金構造基本統計調査」 K3 国税庁、「民間給与実態統計調査」 K4 M1 文部科学省、「学校基本調査」および「文部省年報」 N1 日本銀行の統計データ N2 内閣府、「主要耐久消費財等の普及率(一般世帯)」 N3 日本銀行金融研究所、「貨幣年表」、昭和56 N4 日本統計協会、「日本統計年鑑」、毎日新聞社、昭和24〜 S1 総務省統計局、「日本長期統計総覧」、日本統計協会、昭和63 S2 総務省統計局、 S3 総務省統計局、 T1 東洋経済新報社、「明治大正国勢総覧」、昭和2 T2 東洋経済新報社、「日本近現代史辞典」、1978 T3 東京都の統計データ T4 東洋経済新報社、「昭和国勢総覧」、1991 T5 田中貴金属のホームページ T6 東洋経済新報社「長期経済統計」、昭和63 T7 東京空襲を記録する会、「東京大空襲戦災記」、1974 Y1 矢野恒太記念会、「日本の100年」 Y2 吉川弘文館、「明治時代史大辞典」、2013 W1 Wikipedia Z1 造幣局、「造幣局百年史」、昭和49 その他 2015.1.3 2015.7.25 「庶民には縁遠い数字」を追加。 2016.7.12 「戦後の娯楽」を追加。 2018.2.18 「コインの推移」を追加。 27 「戦後の家電」を追加。 2018.12.12 「紙幣の推移」を追加。 2020.1〜 2020年の値を追加。 2020.3.1 「終戦直後のインフレ」を追加。 その他、都度更新.

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