遊び を せん と や 生まれ けむ。 中野信子も糸井重里も「こんなときに」うざいわ

「遊びをせんとや生まれけむ」は哀しい遊女の歌なのか?-大岡信『あなたに語る日本文学史』と網野善彦『日本の歴史をよみなおす』|吉隠ゆき|note

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が「選択的」に理解を示したことにより反発・離反した保守派の有志が「保守団結の会」を設立したそうだ。 稲田の選勝利に赤シグナルが点滅しだしたそうで、それはそれで望外の喜びである。 私は「選択的」に大賛成だが、と一心同体のが自民総裁・だなんて、悲劇を通り越して笑うことしかできない喜劇だ。 まあ次の選挙で「保守団結の会」のメンバーがどれほど当選できるのか知らないが、稲田も「保守団結の会」も空中分解してくれたらそれでいい。 馬鹿な話は横に置いといて、が 選候補討論会をネットでやるようだ。 宇都宮けんじ、、、小野泰輔の4人による討論会で、仕切るのが津田だからとても面白い出し物になる予感。 テレビの討論会は避けてきたは、まんまと津田の仕掛けに乗ってきた(?)のか、ネット配信を生で見る人は少なくても、その討論会での立ち居振る舞いや語ったことはすぐ拡散するので、この討論会をなめてたら大変だ。 何で出演するのかなあと、浅はかさに同情すら覚える、クックックッ。 録画もで見られるはずなので、の皆様におかれては、投票するまでにぜひご覧になっていただきたい。 それにしてもいくらなんでも公約の実現ゼロで、説明責任を果たさないというのはいただけませんね。 の影響から再度読まれている記事。 客観的に見て公約を徹底的に守らないことに驚きます。 普通の感覚で判断すればウソつき、より辛辣な批判なら詐欺です。 税を負託する人を検討ください。 客観的に見て公約を徹底的に守らないことに驚きます。 普通の感覚で判断すればウソつき、より辛辣な批判なら詐欺です。 税を負託する人を検討ください。 「満員電車ゼロ」という公約 いつやるの? 「満員電車ゼロ」で思い出したのが、のツイート。 目の前15センチ、20センチの距離で助けを求めたことは何度もあるけど、一度も、一人も助けてくれなかったよ。 360度みっちり大人の男性ばかりいるのにね。 しーんとしてしらんぷり。 その顔一生忘れないわ。 360度みっちり大人の男性ばかりいるのにね。 しーんとしてしらんぷり。 その顔一生忘れないわ。 小島が高校生だった時の痴漢電車のことをツイートしてる。 彼女は以前も、東京の痴漢電車のことを何度かつぶやいていたと思う。 さすがは世界一洗練されていて何でもある美しい首都の東京だけど、痴漢と満員電車もゼロ公約に掲げてほしいものです。 ニュース番組のキャスターも務めていた小池は、記者会見などで話をするのがお得意でお好きなようだが、なぜか選のテレビ討論会からは逃げ続けているようです。 公約はゼロだし、胡散臭いゴシップ記事や、記事などから逃げたいということのようです。 小池がを分裂させて立ち上がった国民が、宇都宮けんじ支持に回らなかったし、連合の推薦も取り付けたし、テレビ討論なんか出ていられるかこのまま逃げ切ってゴールテープを切るんだもん!てなところでしょう。 ということで、最後に、「 選のテレビ討論が見たいです」のが付いたをご紹介して締めくくりたいと思います。 いやはや。 にテレワークの拠点をつくるという会見。 昨日行われたの挑戦者決定対局で、藤井七段は永瀬二冠(・王座)に勝利し、7月1日から始まるのタイトル戦に挑戦することになりました。 は、一局を2日に分けて行う七番勝負(先に四勝で勝利)の大一番です。 藤井君が勝つかどうかということよりも、「7番勝負で藤井から4番も勝てるか?」ということが大きな問題で、生涯勝率8割を超える藤井から4戦を勝利するのはいまの現役においては非常に難しくて至難の業だと言えます。 対戦相手は、ちょうど昨日47歳の誕生日を迎えた王位で、昨年最年長で初タイトル獲得という新記録を作ったご仁。 木村は徹底的に防御する「受け将棋」で、卓球でいうと「カットマン」のような棋風。 藤井の攻撃をどのように受けまくるのか、今から楽しみです。 タイトル戦は、7月1日・2日の初戦が主催者ののお膝元である愛知県で対局され、その後約2か月間をかけて全国を巡回する予定。 主催の新聞社は、「三社連合」()、、と、後に加わったとの5社。 どの新聞もいまどき珍しく政権にはっきりモノ言う新聞社です。 いいになりそうだ、素晴らしい。 藤井七段の局後のインタビューでは、必ずと言っていいほど藤井の地元であるの記者が質問をするのだが、いよいよ自社主催のタイトル戦に藤井七段が挑戦者となり、喜びもひとしおだろう。 おめでたいことです。 ということで、藤井君は(対渡辺3冠)とのダブルタイトルマッチが始まります。 この夏は大変なスケジュールとなっているので、体調に気を配って暑くて大変な夏を乗り切ってもらいたいものです。 ダブルでタイトルを取ると、史上最年少八段に昇段することになります。 ガンバレ!アッパレ! toship-asobi 陛下(平成の)は、さまざまな機会に日本人として 忘れてはならない4つの日をいつも私たちに示してくださった。 のホームページにもそれらの日が掲載されている。 恥ずかしながら、毎年、そのことを何かのきっかけで思い起こす。 亡父の誕生日も同日で、そのことも思い出す。 その点、()は、立派なツイートをしていて感心する。 空と海から降り注ぐ爆弾、陸からの銃や大砲、そしてによってなんと県民の4分の1が亡くなった。 慰霊のために黙祷と合掌。 そして戦争に対する不変の軽蔑と怒りを。 私自身も大学生のときに、「沖縄慰霊の日」とすぐ答えられていたか、恥ずかしながら自信がない。 当時は戦火で、今は「関心を寄せない」ということで、沖縄を追い詰めていないだろうか。 toship-asobi ジャシンダ・アーダーン 首相 3か月ぶりに歯科での歯の定例の健康チェック。 マスクと健康保険証を忘れて出かける。 歯科よりとかに行った方がいいんじゃないだろうか、私。 話変わって、少し以前の話。 大阪でランチしてそのあとカフェで話に盛り上がる私たち。 ある時、安倍だったかだったか、あるいは橋下だったかだったかのことをクソみそにしゃべっていたら、テーブル二つほど挟んだ距離から視線を感じた。 その方向を見たら私と同世代の男女、たぶん夫婦が私たちを見ていた。 視線が気になったので以後トーンを落として会話をしていたのだが、その男女にしたら単に私たちがうるさかったのではなく、話の内容が気に食わなかったのかもしれない。 ま、ああいう場所で内容はともかく、大きい声で話をするのはマナー違反なので以後気を付けている。 小さな声でクソみそ会話をしているw。 以下ののは、私たちの会話の逆バージョンだ。 このじじいは、維新の橋下や松井や吉村も好きなんだろうな。 相手の30くらいの女性は、話を合わしているんだろうか。 NZ首相を出してきて「そう!」とじじいに言わせるところがなんともファンタだ。 だからと言ってに住みたいわけではなくて、日本もいつか素晴らしい女性首相が誕生する日が来ればいいなと思っている今日この頃である。 念のために言えば、素晴らしい男性首相でもいいが、はほぼ70くらいのじじいと同じなので、女性に入れないでいただきたい。 toship-asobi.

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「遊びをせんとやうまれけむ」とはどういう意味ですか?

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私の先輩に「人間は遊ぶために生まれてきたんだ!」と公言してはばからない人がいた。 そして実際によく遊んでいた。 仕事もよくできる人だったからそれで批判されるようなこともなかった。 その人の根拠は平安時代の「梁塵秘抄」(りょうじんひしょう)の有名な一節,「遊びをせんとや生まれけむ」。 彼に言わせれば,「人は遊ぶために生まれてきた。 それを千年もの昔から日本人は知っていた。 エライ!」ということになるのだが,これはどうも彼独特の解釈だったらしい。 それは最近になって知ったのだから,私はずいぶんと長い間彼にだまされていたことになる。 この先輩の言葉から影響を受けたのかどうか判然としないが,私も相当遊んだ部類だったと思う。 特に釣りを覚えてからは毎週のように住まいの東京から相模湾に繰り出した。 同僚からは「週末漁師」のあだ名まで頂戴するくらいだった。 ある金曜日,大量の書類が私に渡ってきて,どうしても月曜日までに処理しなければならなくなった。 しかしやっぱり釣りには行きたい。 魚が口を開けてオレを待っていると思うといたたまれない。 思案の挙句,書類一切を車に積んで釣り道具と一緒に釣り場まで持って行くことにした。 相模湾と東京の往復にはたくさんの信号があってそのたびに1分ほど待たされる。 あるいは渋滞でノロノロ運転になる。 その無為に過ごす時間を利用して書類を読み,処理する作戦であった。 ずいぶんせわしなくて,危ない釣行となったけれども,一応これで仕事の件もクリアーできて釣りもできて満足だった。 それにしても,そこまでやるかと我ながら自嘲したものである。 ともあれ,こうして熱中できる遊びがあったことで,その時々の年代を楽しく過ごすことができたし,遊び仲間との人脈ができて仕事にも役立ったりしたので,遊びの効用は大きなものがあったと思う。 そして現役をリタイヤした現在,この遊びグセは思わぬ形で私の第2の人生に幸福をもたらしてくれているように思う。 時間を持て余してゴロゴロと家の中で過ごしたりすることもないし,奥さんが外出すると「わしも」とついて行って「塗れ落ち葉」などと揶揄されることもない。 何か楽しいことを自分で見つけ出して遊ぶ。 子どもを見ればわかるように,これは人間が持って生まれた能力である。 これこそが 「遊びをせんとや生まれけむ」である。 そしてこの能力はその後の人生の中で強化されたり抑制されたりする。 仕事ばかりやっている人が「塗れ落ち葉」になったり「粗大ゴミ」になったりするのは,遊ぶ力を弱めたり無くしてしまったからだと思う。 ある意味,生活習慣病である。 救いは,この遊びの生活習慣病の治療は糖尿病など本物の生活習慣病の治療ほど辛くないことだ。 好きなモノを食べることやお酒を楽しむことを我慢するのは容易じゃないが,遊びの方は自分で楽しいと思うものを実際にやればいいだけなのだ。 全然難しくない。 仮に,「仕事以外に楽しいと感じるものなど何もない」,いう人がいたら,それは相当重症だと思うが,そのような人だって自分の人生を遡っていけばきっと楽しく遊んだ時期にたどり着くはずだ。 そして,その時のウキウキ感を身体で感じ直して,その感覚に近いものを今の自分の周りから見つければいい。 そのようにして楽しいものを少しずつ増やしていけば,リタイヤ後の生活はきっと最高のものになる。

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遊びとせんとや生まれけむ

遊び を せん と や 生まれ けむ

遊びをせんとや生まれけむ 戯(たはぶ)れせんとや生まれけむ 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ 1180年前後(平安末期)に後白河法皇によって編纂された今様(流行り歌)集、『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』。 そこに収められた歌の中でも、この歌は、おそらく知名度では一二を争うものかと思います。 2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』のテーマ曲として、あるいは一昨年にお亡くなりになった女優・樹木希林さんの展覧会の題名として、お知りになった方もいるかもしれません。 さて、この歌の意味ですが、次の二種類の解釈が存在するようです。 ・子どもが無邪気に遊んでいるのを見て、自分も心がはずんで体が揺れる、と歌っている。 (一般的な解釈) ・遊んでいる子どもの声を聞いて、私はこんな「遊びや戯れ(売春)」をするために生まれてきたんだろうか、あの子どもたちも将来は私のような運命をたどるんだろうか。 そう思うと身も心も揺らぐ気がする。 --と遊女が歌っている。 以下、文学者・詩人の大岡信さんの「あなたに語る日本文学史(近世・近代篇)」からの引用です。 ~~これは昔からの普通の解釈では、清純な子どもの遊びを見ているうちに、大人も子どもと一緒に体が揺るぐような気がした、ということで解釈されてきただろうと思います。 しかし、小西甚一さんが昭和十年代に出した『梁塵秘抄考』という本のなかで書いている解釈、これがたぶん最初だと思うのですが、僕はそれを見てびっくりして、「なるほど」と思った解釈があります。 それはどういうことかというと、小西さんはこう書いています。 「この歌は秘抄の中でもすぐれたものであるが、以下の数首が遊女に関する歌であるから、これも遊女の感慨であるかと思ふ。 平生罪業深い生活を送っている遊女が、みづからの沈淪に対しての身をゆるがす悔恨をうたつたのであろう。 そこで私に浮かんだ疑問がありました。 --それは、 「遊女が哀れで賤しい存在だというのは、近代に限った感覚なのではないか」ということでした。 遊女の歴史 中世史家の網野善彦さんは著作『日本の歴史をよみなおす』の中で、律令制下で後宮や雅楽寮に仕えていた女性たちが、律令体制の衰えとともにしだいに官庁を離れ、独立した同業者集団として活動するようになったのが遊女の源流ではないか、と推測されています。 10、11世紀ごろには女性の長者に率いられた遊女の集団が各地の津や泊を拠点とし、活動していたようです。 ウィキペディアからも少し引用しましょう。 ・古代から女性による接客は存在した。 神社の巫女による官人の接待がその起源という説がある。 ・遠方から神社仏閣に参詣する観光客向けに宿場町が形成され、そこに客を接待する遊女が置かれたと考えられる。 平安時代には大阪湾、淀川流域の江口、神崎のように港や宿場で遊女が多く集まる地域があった。 また、この時期の遊女は、自由業であり遊郭などの決まった場所で営業することもなく、自分で客を取る形態の遊女もあった。 ・鎌倉時代には白拍子・宿々の遊君といった遊女が現れたが、鎌倉幕府・室町幕府も遊女を取り締まり、税を徴収した。 建久4年(1193年)5月15日に里見義成が遊女別当に任じられ、それまで自由業だった遊女屋と遊女を取り締まり、制度のもとに営むことを命じた。 つまり、多少の例外はあったにせよ、鎌倉時代より前は、遊女たちは基本的に遊郭などに閉じ込められることなく、商工業者の座のような自治的な同業者集団として生活・活動していたことが推測できるのです。 現代の私たちが考える遊女の哀しみというのは、基本的に以下の二つでしょう。 ・身の不自由さ ・周囲からの蔑み 『梁塵秘抄』編纂当時の遊女は自由な職業人として働いていたわけですから、最初の「身の不自由さ」は恐らく当てはまらないでしょう。 次に、二番目の売春へのタブー視を考えたいと思います。 1562年に来日し、1597年に世を去るまで35年間を日本で過ごしたポルトガル人宣教師ルイス・フロイス。 彼が書き残した『日欧文化比較』は戦国時代を知る上での貴重な史料となっています。 彼は日本の女性についてこんなことを書いています。 「日本の女性は、処女の純潔を少しも重んじない。 それを欠いても名誉も失わなければ結婚もできる。 」 「日本では娘たちは、両親に断りもしないで、一日でも数日でもひとりで好きなところへ出掛ける。 日本の女性は夫に知らせず、好きなところに行く自由を持っている。 」 娘や妻たちの主な「お出かけ」先は、社寺へのお参りだったようです。 道中、宿を借りるのと交換に夜の相手をすることもあっただろうし、「女捕り(ナンパ・レイプ)」に遭うこともあったでしょう。 しかし、そういった純潔を汚すリスクは彼女たちにはたいした問題ではなかったのです。 再び『日本の歴史をよみなおす』に戻りますが、神社やお寺へ参篭に出かけた(そこで知り合った)男女が夜の社殿の暗闇で交渉を持つことがたびたびあったことが史料で確認できる、とあります。 民話に見られるような、子どもが授かるようにお参りに行って、実際、妊娠するという話は案外こういう種明かしではないか、というわけです。 このようなことから、中世の性に関する感覚が現代よりかなり寛容であることが窺えます。 ここからは、素人の勝手な想像ですが、遊女が哀れな存在になっていくのは、鎌倉時代以降、彼女たちが自治と自由を失ってからではないかと思います。 近世に近づくにつれて、借金でがんじがらめにされ、遊郭に閉じ込められて来る日も来る日も客をとらされる、という不自由な身の遊女が登場してくる--かつて自立した性サービス提供者だった遊女は、時代とともに、ただの奴隷へと成り果ててしまうのです。 では遊女への賤視も同時期に始まったのか?--これはどうも違うようです。 江戸時代にあっても、遊女たちは同情されこそすれ、賤視の対象ではなく、年季を勤め上げた遊女が普通の結婚をするということも珍しくなかったようです。 純潔に価値を見出さない伝統は中世から江戸へと連綿と続いているのです。 売春婦が賤しむべき存在になったのは、どうやら日本が開国し、西洋の目を気にするようになってからの、つい最近のことのようです。 これらのことを踏まえれば、平安末期に生きた遊女が自身を「罪業深い存在」などと考えていたとはとても考えにくいことです。 それが巫女や白拍子などの兼業遊女であれば、なおさらです。 彼女たちは歌や舞で貴族を楽しませることのできる芸能家であり、自らの生業に誇りを持っていたと思うからです。 結論:「遊びをせんとや生まれけむ」は哀しい遊女の歌か? 私の結論は、「遊女の歌であるかもしれないが、それだけを理由に悲哀や悔恨の歌であると決めつけるのは短絡的である」。 --他のあらゆる職業と同様に、平安の遊女にも日常の悲哀はあったでしょう。 ですから、もちろんこれが悲しい歌である可能性はあるのですが、少なくとも現代の倫理観や固定観念に囚われたまま、はるか昔の作品や史料を読み解くようなことは避けなければならないと思うのです。 「小屋の外から遊女仲間の子どもたちの遊ぶ声が聞こえてくる。 遊ぶために生まれてきたんだと言わんばかりに楽しそうにはしゃいで。 その声を聴いていると私も童心に帰るようで体が揺れ出す」 そんな風な、平安時代を生きたある遊女の何でもない穏やかな昼下がりを歌ったものだった可能性も案外あるのかもしれません。 大岡信さんは、歌謡の醍醐味は、利用者が好きなように解釈でき、好きなように意味を付与できる自由さにある、という意味のこともおっしゃっています。 それを考えれば、この歌を哀れな江戸時代の遊郭の遊女を想って歌う人があってもかまわないのでしょう。 確かに、格子窓の外から聞こえてくる子どもの声に耳を傾けながら、その無邪気さからあまりにかけ離れてしまった己の境遇を嘆く遊女、というイメージには情緒があります。 ただ作品の本来の時代背景を考えるなら、その情景は正確ではないのかもしれません。 <終わり> 私は網野善彦さんのファンなので、ここで少し紹介しておきます。 網野善彦さん・・・歴史学に民俗学の手法を取り入れた先駆者で、職能民や海民といった人たちにスポットを当てたその独自の研究は「網野史学」と呼ばれています。 ご存命中は、一般読者には人気でしたが(あるいは、それもあって)、日本史学者たちの間ではイジメのような扱いを受けていて、民俗学方面に理解者が多かった方です。 代表作:『蒙古襲来』、『無縁・公界・楽』、『異形の王権』、『日本の歴史をよみなおす』など。 著作全集も出版されています。 大岡信さんの本についても紹介。 『あなたに語る日本文学史』<古代・中世篇>と<近世・近代篇>があります。 詩歌がメインの文学史です。 ご本人も書いていらっしゃいますが、新聞の『折々のうた』欄にはとても載せられないような際どい歌がたくさん出てきます(特に『近世・近代篇』)。 子どもには読ませたくないけど、国語嫌いの中高生の興味を引くには絶大な力を発揮しそう、という親や教師のジレンマを引き起こしそうな本です。

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