カリスマ 感想。 カリスマのレビュー・感想・評価

【サタノファニ】最新話127話ネタバレや感想!教祖のカリスマ性

カリスマ 感想

CHARISMA Kiyoshi Kurosawa 104min (所有VHS) 黒沢清作品、昨日のに続いて、そろそろ『カリスマ』についても書かないと・・・。 前回この作品を見たのは約1年前。 そのときは書き始めたものの、あらすじも上手く書けなかった。 深読みすれば人物もセリフも象徴の洪水なのだけれど、今回はあまり深入りせず気軽に書きます。 昨日の日記に列挙した8作品、あとは『回路』が残りますが、これはソフトを所有してないのでしばらく先になりそうです。 この映画には枠がついている。 物語の大部分はどこかの森が舞台。 撮影は富士山中かどこかだろうけれど、森の高台から街(首都=東京?)を遠くに見渡せる立地でなければならず、そういう意味で地理的設定はあくまで架空だ。 枠は主人公の刑事・藪池五郎(役所広司)がこの森にやってくるキッカケ(そして最後に藪池が戻っていくということ)を描いているのだけれど、もし主人公・藪池という人間を描くのが目的の映画なら、この枠は(子供騙しのハリウッド映画ならいざ知らず)無用、邪魔でさえある。 それは物語の進行に連れてわかればよいことだ。 しかしこの映画は、実はそういう映画ではない。 藪池という「ある特定の人物」を描くことには主眼はない。 そういう具体ではなくもっと普遍を描いている。 これは黒沢映画の特徴でもあるのだけれど、ボクが見た8本の黒沢作品の中で、この『カリスマ』と『回路』にその傾向が強いのではないだろうか。 ここでは藪池という人物(他の人物も)のリアリティーが希薄でさえある。 というわけで森での本編物語を進行させるにあたって、この枠でまず2つのことが「既定」される。 車の中で部下が言うように、真面目過ぎて組織(あるいは社会)の中で上手く世渡りできない、あるいはそれが性に合わない藪池の性格。 冒頭の廊下での上司とのやり取りのシーンで、コミカルにそれがデフォルメして描かれる。 もう1つは人質事件でチャンスはあったのに藪池は発砲せず、両方を救おうとして結果両方を死なせてしまったというエピソード。 その事件の後、上司に強制的に休暇を取らされ、藪池は(ちょっと唐突で不自然と言えば不自然でもあるが)ある森にやってくる。 森の放置された廃車の中で彼が寝込んでいると女の人影が近付き車に火を放った。 助けられたのか自分で逃げたのか、気付くと藪池は1本のか細い木を前にしていた。 その木は金属の囲いで保護されている。 この木は「カリスマ」と呼ばれていた。 藪池は森林伐採官だか営林署の中曽根に助けられ、拾われる。 この木・カリスマはか細く、弱々しそうに見えたが、根から毒素を排出し、自分が生きることで周囲の森の木々を枯らせているらしい。 中曽根は森の木々を守るためにカリスマを伐採したいと考えていたが、カリスマは私有地に植えられていた。 廃院となった療養所の死んだ院長が海外から持って来て移植したものだ。 院長に育てられ、今も廃虚となった療養所で病気の院長夫人の面倒をみる青年・桐山が木の世話をし、カリスマを守ろうとしていた。 藪池は桐山青年に協力してカリスマを守り始める。 ある日藪池は森を歩いていて動物用の罠に足を挟まれてしまう。 通りがかった植物研究家・神保美津子(風吹ジュン)が家に連れてゆき傷の手当てをする。 神保は1本のカリスマが森の秩序を破壊している危険を語った。 後にわかるのは、森を一度無にして最初からあるべき森林秩序を回復するために、神保は秘かに森の水源に毒を流していた。 希少な珍種として高値で売れると、猫島という男がカリスマを買取りにやってくる。 カリスマを守りたい青年、入手したい猫島、消滅させたい神保、持ち出しでも破壊でもとにかく今の場所から無くなって欲しい中曽根。 そんなそれぞれの思惑と猫島の持ってきた1千万円という金が交錯し、カリスマの争奪戦となる。 この森は出口なしの閉鎖空間と一見感じられがちだがそうではない。 市の環境保全課・坪井の撮った写真は外部にいた猫島に渡っているし、猫島は外からやってくるし、神保は武蔵野大学の教授というから大学の講議などのために外界へ出ているはずだ。 最初と最後ではあるが藪池は東京(?)の上司と携帯電話で会話をするし、青年との別れのシーンではすぐそこにある外界の象徴としてパラボラアンテナが見える。 神保美津子の妹・千鶴(洞口依子)は自分ひとりでは行けない外に連れてってくれるよう藪池に頼むが、彼女は街への道順も知っており、出られないというのはもっと心理的ことだ。 この森は、映画の主要部分において、実は世界全体なのだ。 日本の中の1つの森ではなく、森は日本全体、あるいは地球全体・人間社会全体と言ってもよく、外界を考えるのは実は無意味なことでもある。 そしてその森の木々は、一人ひとりの人間の象徴でもある。 神保は「生きようとすれば相手を殺すわけですし、相手を殺せば自分が生き残る。 」と言うが、これは人と人、集団と集団、思想と思想・・・等々の比喩だ。 そういう意味でカリスマという木は、「自分だけは」生き残ろうとする個人の象徴でもあれば、ある特定の政治思想や体制の比喩でもあり、またヒットラーというような政治的牽引者でありカリスマであるような人物の比喩でもある。 映画はそのような自存と他存の寓話なのだ。 一方洞口の演じた千鶴と藪池の関係は、個人と社会という大きな関係ではなく、たとえば男女のカップルでも良いが、もっとプライベートな人間同志の勢力・所有関係を象徴しているのだろう。 千鶴は藪池の眠る車に自分で火を着け、その上で藪池をそこから救う。 これは自分にとっても、相手にとっても、そして残りの他者に対しても、自己の所有を意味する。 放っておけば藪池は焼死したはずなのだから、藪池の存在は彼女ゆえなのだ。 洞口のセリフにあるように、この森、つまりは世界は、彼女にとって嫌な世界だ。 外の世界とはこの嫌な世界からの脱出であり、それを藪池に求めた。 彼女はまんまと1千万円を手にして逃走するけれど、この世界が「嫌な」ものであるのも金の存在だということでもあり、猫島が連れている武装集団は、金にまつわる軍事的力の象徴でもあるのだろう。 冒頭の事件で犯人と人質の両方を藪池は救おうと考えた。 森が社会を象徴するなら1本1本の木は個人を象徴するわけだが、森全体(=社会全体)ではなくただ1本1本の木(1人1人の個人)があるだけではないかと藪池は考えた。 中曽根は「藪池さん、みんなあんたがどっちにつくか知りたがってます」と言うけれど、カリスマを守ることで青年・桐山についているようで、実は青年側に組みしているわけではなかった。 森を一度破壊しようという「ひとつの」発想(政治思想)を否定するために、藪池は神保が毒を流していた水源の井戸を破壊する。 彼はどこにも組みしないのだ。 そして捉えようによっては、藪池という人物は、森の外の世界という枠の中心人物ではあるけれど、森での物語では狂言回しのようなもので、実体的人物としてはリアリティーが希薄でもある。 だから院長夫人との空想的シーンでは藪池は院長にもなってしまう。 (以下ネタバレもあり) 猫島が引き抜き持ち去ろうとしたカリスマは神保姉妹によって焼かれててしまう。 しかし凝り固まって信じていた思想を破壊されてしまった桐山青年は自由を獲得することになる。 藪池の(多分に辛辣な)妄想は、カリスマに代わる別の枯れかけの老巨木を実体化する。 植物学者の神保も「ただの木でしかない」と言うが、そんなことにかまわず藪池はその「何でもない木」を新たなカリスマとして世話を始める。 するとその木は猫島にとっても神保にとってもカリスマとなってしまう。 でもそれが「ただの木」であることを藪池は知っている。 だから神保が破壊しようとすれば、平気で爆破の手助けもする。 信じるべき、組みするべき「何か」という発想を否定された神保の精神は錯乱してしまう。 約1年ぶりに2度目を見て、以上のような見方をしたのだけれど、その1年の間に他の黒沢作品を見てきて、特に『CURE』などを見た上で感じることがある。 それは、もちろんここではもっと色々な解釈の余地は広いけれど、人々、特に現代の日本人が、それぞれの個人という「自分」であるよりも、組織とか社会とかいうものに埋没し、あるいは支配されていることがテーマの根底にあるような気がする。

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カリスマ4巻(漫画)最終回・結末のネタバレと感想と無料試し読み紹介

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15年の韓国ドラマ「 ミセスコップ」を見ました。 続編としてシーズン2も制作された人気ドラマですね。 主演はキム・ヒエ。 でも最初の2話はいらないんじゃないかな? 本当に警察の無能っぷりがね・・・。 まあ、ドラマを通じて警察が無能っぽいんですけど。 笑 やらかしが多いし、黒幕をなめているのか、危機感がないのか・・・。 犯人たちと殴り合ってばかりだし。 アクションシーンを入れるにしても、刑事が最初から喧嘩腰なのはおかしいだろと。 笑 あげく賭け事までしてしまう始末。 最初は警察に「おいおい」と思っていましたが、だんだんとそれはそれで面白いと思えるようになってきました。 主人公を筆頭に感情で動く刑事たちなので、チームが魅力的なところはあるかな。 いままでに見た韓国のサスペンスドラマとは毛色が違いました。 日本のドラマに近いところがあると思う。 僕は韓国ドラマを見るときにいつも、日本でリメイクするときのキャスティングを想像するんですけど。 ミセスコップほど日本でリメイクされたときが思い浮かぶドラマはなかったわ。 (それも日テレのリメイクでソン・ホジュンは横浜流星ね) ちなみに現地でも天海祐希主演のドラマBOSSに似ていると言われているようですね。 僕もキム・ヒエの役をやるなら天海祐希さんと思って見ていたんですけど。 でも天海祐希さんを使うのは、もったいないかなという雰囲気もある。 なんかイ・ダヒとソン・ホジュンの方が目立っていた気もするし。 ミセスコップ 【配信開始】ワイルドな女刑事 月曜更新> — GYAO! 好きな役者さんが出ているなら見ても楽しめると思うけど、純粋にドラマを楽しむならほかに良いドラマがあるかなという感じ。 シーズン2も見るつもりで見始めたんだけど、とりあえずは他のドラマを見ようと思います。 ミセスコップはU-NEXTから見ました。 シーズン2もU-NEXTから見ることができますね。 韓国ドラマがたくさん配信されているサービスなので、ぜひ配信作品をチェックしてみてください。 最新の配信状況は U-NEXTサイトにてご確認ください。

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カリスマが生んだ奇跡。 映画「ターミナル」感想

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Posted by ブクログ 2012年03月27日 出会うべくして出会えた本。 とても基礎的な内容だけど、それを徹底させていくことがどれだけの成果をあげていくかということが原田さん自身の実証のもと、書かれている。 目標の大切さや、徹底的にやりきること、あいさつ、礼儀・・・どれもよく聞く言葉ではあるかもしれないけど、それをやりきることは難しい。 それでも徹底できたときには、こどもたちは全国でも戦えるということ。 逆にいえば、多くの人が自分の能力を十分に発揮できさえすれば、多くの人が全国で戦えるともいえるかもしれない。 細かいことにきづけるような人間力の養成もこの本から学べた。 あとは実践するのみ。 Posted by ブクログ 2010年01月31日 私が一番尊敬している集団「東京教師塾」の塾頭の原田隆史先生が書いた本。 原田先生の本は毎回「カリスマ体育教師」という文句が入るので知らない人からすると 抵抗がありますが、中味はすごいです。 自分に自信の持てない。 自分のやるべき方向性が持てない。 そんな子どもが多い ということを前提 に話が進んでいます。 子どもに必要なことは 自分自身を信頼できるまでとことんがんばってみるという体験をどこかでやること としています。 教師がやるべきことは 目標や役割に対するやり切り、やらせ切り指導 であるとしています。 原田隆史さんの論理で特徴的なことは 「心技体」でいう「心」に一番の重きを置いているという点です 「心のコップ」という例をとり、コップが上を向いていない限り、色々なことを注ぎ込んでも貯まっていかない。 逆に言えば、「心」さえしっかりしていれば、格段に指導の効果が上がると言っています。 「心」を鍛える教育を態度教育といい 静と動の指導。 静で言えば、くつを揃える・椅子を入れる・かばんを立てる・腰骨を立てて座る 動で言えば、「はいっ」という元気で弾む返事・相手より早い挨拶 や 日誌指導 自分の目標を何度も達成するためのイメージを紙に書き込んでいく があります。 スポーツ選手の指導から論理が発展しているので、メンタルトレーニングの仕組みがきちんと取り入れられていて、スポーツだけでなく日常生活でも応用ができます。 本を読んでいて心に残ったのは ・人間は、自分のイメージより上に行くことはない ・人の心は、できないこと、困難なこと、しんどいことに挑戦し、それを達成したという結果で強くなるのではありません。 「おまけ」教師は生徒からの評価も値切られる。 評価基準をしっかり置く。 ・こころの琴線に触れるような何かを持っていることが強さ。 志はあるのか。 ・タイミングイズマネー 態度教育は、ブロークウィンドウズ理論の内容とも通じます。 体の行動を通して、実際に話したり、書いたりして使う言葉を通して、 いかに潜在意識を前向きに建設的に保っていくのか そして、コップが上向いた子どもにどのように、成長を実感させて主体的に動かしていくか それが書かれていたように思います。 時代遅れのようなスタイルに見えるかもしれませんが、 まずは、形から指導をし、態度教育を進め、前向きに頑張っていきたいと思います。 そして、 自分のイメージより上に行くことはない。 ・・・イメージします。 Posted by ブクログ 2009年10月07日 「究極の荒れた学校」とまで言われた大阪市立松虫中学校に赴任し、学校再生のため、「陸上部の子どもたちを2年後に日本一にする」と宣言して実現させた体育教師がいる。 原田隆史だ。 赴任後7年の間に、陸上競技の個人種目で13回の日本一を達成するなど輝かしい実績を残し、「松虫の奇跡」と驚嘆された。 だがそれは、「奇 跡ではない」と原田は言ってのける。 どうしてそのようなことが可能となったのか。 その指導法を明らかにしたのが本書だ。 原田は生徒たちを変えるため、経営者の勉強会でマネジメントの発想を学ぶとともに、強い選手の徹底研究を行った。 その結果、成功者に共通しているのは強い勝利意識と高い目標設定であり、強い選手ほど「心」を大切にしていることを知る。 そこで、心づくりの指導として、靴をそろえる、挨拶(あいさつ)するなどの「態度教育」と、独自の長期目標設定用紙を使った「目標設定」を実践した。 心を鍛えて、他人に頼らない「自立型人間」を育てていく原田メソッドは、子どもの教育やしつけに自信を失っている教師や親に、いま何が大切かを教えてくれる。 経営ノウハウを取り入れた原田隆史の教育法は、ベンチャー企業経営者にも高く評価されているという。 教育関係者だけでなく、企業の経営者や人材育成を担っている担当者、自己を高めたい社会人も一読の価値は十分ある。 Posted by ブクログ 2017年04月30日 自立した人間になるには2つポイントがある。 1つ目は個人の理念。 これは3段階の目標を作り想像以上の目標を達成することができる。 2つ目は目標設定技術。 振り返りの仕方。 目標のために日々頑張るためには技術が必要である。 1つ目は読後には必ず書評を書くことである。 これにより本の中身が整理され、纏める力をつけていきたい。 2つ目は読む量である。 月に最低4冊は読めるよう、読むスピードを上げている。 そのためにも書籍の要点をしっかり見つけそこに焦点を当てながら読んでいる。 ネタバレ Posted by ブクログ 2011年09月29日 赴任先の荒れた中学校を 陸上日本一へ導く為に行った指導方法として、 企業等でも採用されている方法等があげられていますが、 自分が感銘を受けたのは、 ・個人個人にルーティーンを作り守らせる ・脱いだ靴の置き方等、些細な事でも良くない所は直させる というような「こころの教育(態度教育)」 「こころの 教育」を施す事によって、 下を向いていた意識のコップを上向きにし、 周りの環境に流されない、自立した人間にする。 陸上の大会だけでなく、指導した生徒のその後の人生も 常勝となっていくに違いないと思いました。 自分も中学生の時に原田さんのような先生に出会いたかったものです。

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