地下の国のアリス。 地下の国のアリス

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地下の国のアリス

お薦めの洋書、ご存知、「不思議の国のアリス」です。 この作品、言葉遊びが多彩で、英語を勉強する人にはためになるのではないでしょうか。 言葉遊びは日本語に翻訳するのが難しいので、日本語訳を読むだけではこの作品の面白さを完全に理解することは難しいでしょう。 例えばアリスとネズミとの会話で次のようなやり取りがあります。 "Mine is a long and a sad tale! " said the Mouse, turning to Alice and sighing. 「私のは長くて悲しい話("tale")なんだ」とネズミが言います。 「それを聴いたアリスは確かに長い尻尾("tail")ね」と答えます。 ネズミの言うお話"tale"をアリスは尻尾"tail"と勘違いしたのです。 実はこの2つの単語、発音が一緒なんですね。 ' said Alice, in a hurry to change the subject. ' exclaimed Alice. ' "the Mock Turtle"と"the Gryphon"がアリスに学校での学習時間を教えるシーンです。 彼らの学校は初日に10時間授業がありますが、二日目以降9時間・8時間・7時間…と授業時間が減っていきます。 実はこれは授業という意味の"lesson"と減らすと言う意味の"lessen"をかけている言葉遊びです。 この2つもつづりの違いだけで発音は同じなんですね。 こういった言葉遊びは日本語に訳せません。 ですから「不思議の国のアリス」は原書で読んだ方が断然面白いです。

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約ネバと「不思議の国のアリス」との共通点

地下の国のアリス

『地下の国のアリス』 1862年7月4日、オックスフォード大学の数学講師だったルイス・キャロル(本名チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン)は同僚ダックワースと知人の娘リデル三姉妹とボートでピクニックに出かけました。 その道中、キャロルは三姉妹の次女アリス・リデルを主人公にしたおはなしを即興でつくって聞かせます。 そのおはなしを気に入ったアリスに本に書いてほしいと頼まれたキャロルは、後日、文字も挿絵も手書きの本をつくり、アリスにプレゼントしました。 これが『不思議の国のアリス』の元になった『地下の国のアリス』です。 「アリス」の物語が誕生したピクニックの日のことを、キャロルは「黄金の昼下がり」と呼んでいます。 アリス10歳、キャロル30歳のことでした。 挿絵画家ジョン・テニエル 「アリス」の物語誕生から3年後、作家で友人のジョージ・マクドナルドの勧めで「アリス」を出版することにしたキャロルは、『地下の国のアリス』に加筆修正し、タイトルを『不思議の国のアリス』に改め、雑誌『パンチ』の風刺漫画家として活躍していたジョン・テニエルに挿絵を依頼しました。 キャロルは挿絵に関して大変なこだわりを持っており、テニエルに多くの要望を出し、満足のいく仕上がりになるまで何度も修正させました。 キャロルとのやり取りにうんざりしたのか、『不思議の国のアリス』刊行から6年後に続編『鏡の国のアリス』の挿絵の依頼が来たとき、テニエルは依頼を断っています。 しかし代わりの画家が決まらず、最終的にテニエルが挿絵を引き受けることになり、これが彼の最高傑作と評されることとなりました。 テニエルの描いた挿絵は物語と見事に調和し、「アリス」のイメージを決定づけました。 時代背景 『不思議の国のアリス』が出版された1865年はイギリスが大英帝国として最も輝いていた時代でした。 ヴィクトリア女王が統治していたヴィクトリア朝(1837-1901)では産業革命による経済発展を礎に科学技術が進歩し、庶民の生活水準が向上、急速に近代化が進みます。 ロンドンでは世界初の万博が開催され、地下鉄が開通、ガス灯が灯りました。 華やかなイメージのあるヴィクトリア朝ですが、一方で、貧富の差の拡大、伝染病の蔓延といった問題もあり、深刻化する社会矛盾を抱え、伝統的な価値観が崩れていった時代でもありました。 当時、こども向けの本といえば、教訓を含んだ道徳的な内容のものがほとんどでしたが、純粋にこどもを楽しませるために書かれた『不思議の国のアリス』の登場は児童文学の新たな幕開けとなりました。

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不思議の国のアリスと地下の国のアリスと鏡の国のアリスと子供部屋...

地下の国のアリス

かわいいアリスの冒険の物語は、「不思議の国」と「鏡の国」だけじゃなかった!? 作者・ルイス・キャロルに迫るとともに、実は知られていないアリスの物語をご紹介します。 ルイス・キャロルという人物 本名は、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。 11人兄弟の4番目として、イギリスにて1832年に生を受けました。 彼の職業は、作家・詩人であったのとはべつに、数学者であり論理学者であり写真家でもありました。 このペンネームは、チャールズ・ラトウィッジ Charles Lutwidge を対応するラテン語に変換する。 それを再び英語に戻してアルファベットを入れ替えたものだそうです。 吃音障害を抱えていたのは彼だけではなく、彼を含めた11人の兄弟全員が 重度はそれぞれであったが 吃音障害を抱えていました。 そのため、幼いころは家族間の会話を筆談で行っていたそうです。 また、彼は子供好きとも知られています。 その理由は子供と会話するときにはスムーズに話すことができたから、などともいわれていますが、どうやらこの説には根拠はなく、純粋に子供と関わるということが好きな人だったようです。 主に、視覚優位・聴覚優位・体感各優位の3タイプに分けられ、それぞれが自分の優位なものを中心に物事を捉えていると考えられています。 キャロルがそうであったといわれる聴覚優位について整理してみましょう。 聴覚優位の人は、その名が示すように物事を「聴く」ということに重点を置いて捉えるようです。 耳で聴いたことをそのまま覚える、復唱することなどが得意。 全体よりも細部にこだわる傾向があり、論理的に話してもらわないと嫌がる……などなど。 また、話すときに言葉に詰まったりしてしまうと過度に焦ってしまうという傾向もあるようです。 キャロルのペンネームを作る際に用いていたという「言葉遊び」もこの聴覚優位のためといわれています。 視覚優位の人とはことなり、映像ではなく音としてとらえているのでアルファベットの入れ替えなどといったことは得意だったと考えられています。 「アリス」の物語でも、たしかに「音」を意識した言葉遊び、あるいは話のずれが私たち読者を楽しませてくれているように思います。 キャロルは『不思議の国のアリス』のもとになった、アリスが冒険をする物語のほかにも即興物語を姉妹たちに多く聞かせていたそうです。 そのなかでも、アリスがとくにその「冒険物語」を気に入り自分のために活字に起こしてほしいとお願いしたことから「不思議の国のアリス」は走り始めます。 キャロルは、アリスの願いのために本文・挿絵・装丁まですべて自分の手で仕上げた「アリス」を完成させてアリスにプレゼントしたといわれています。 そして、それを読んだマクドナルド夫妻に正式に出版することを勧められ、夫妻の息子にも背中を押されたことにより、キャロルは出版を決意。 身内にしか通じない要素を省き、新たな挿話を追加し「アリスのためのアリス」をさらなるものへと昇華させ『不思議の国のアリス』を作り上げました。 こうして私たちを楽しませてくれる『不思議の国のアリス』は誕生したのです。 世間の評判を受け、キャロルは続編を生み出すことを決意します。 そして、続編は『鏡の国のアリス』と題して、1871年のクリスマスに発売されました。 これらの2つの物語は、発表からキャロルが亡くなる1898年までの間に『不思議の国のアリス』は15万部以上、『鏡の国のアリス』は10万部以上出版されています。 『地下の国のアリス』と『子供部屋のアリス』 不思議の国でも鏡の国でもない「アリス」の物語が存在しているのはご存知でしょうか。 「アリス」の物語はこれら二つだけではないのです。 2作品の評判を見て、キャロルは「読者は元になった物語が読みたいのでは?」と考えました。 そして、先ほど紹介した手書きの「アリスのためのアリス」を出版することを決意。 結婚しハーグリーヴス夫人となっていたかつての少女・アリスの協力を得て原本「アリス」は『地下の国のアリス』として発売されました。 「アリス物語」の最大の魅力である言葉遊びなどは控えられ、優しく子供に語り掛けるような文体に編みなおされているのがこの作品の特徴です。 純粋なストーリーを楽しむ、またキャロルの優しい文体に出会うことができるので、大人の方にもお勧めできるものではないでしょうか。 『』/ 新書館 まとめ 発表から何年たっても色褪せない魅力がたっぷり詰まったキャロルの物語。 時間を得てからもう一度読むと、心に刺さるような言葉もちらほらころがっていることに気が付きます。 いままでは見えなかったおもしろさやそのほか諸々いろんなものがみえてくるかもしれません。

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