護衛艦 いか づち。 海上自衛隊 護衛艦いかづち DD

いかづち (護衛艦・初代)

護衛艦 いか づち

列挙してみると・・・ ・三菱重工長崎造船所 史上最大の戦艦「武蔵」の建造も担当したことで知られる、戦前から続く軍艦建造のメッカ。 現在でも、「あたご」型イージス護衛艦をはじめ、ミサイル護衛艦の建造の大半を担っているほか、汎用護衛艦の建造も多く、戦闘艦艇の建造では後述のIHIマリンユナイテッドとともに双璧をなす。 ・三菱重工下関造船所 魚雷艇や「はやぶさ」型ミサイル艇などの小型高速艇や、敷設艦「むろと」、海洋観測艦「にちなん」「ふたみ」などの特務艦艇の建造を行っている。 ・三菱重工神戸造船所 ・川崎重工神戸造船所 お隣同士の造船所、この2つで日本の潜水艦建造を独占している。 三菱神戸は戦前から潜水艦建造を主に担当。 川崎神戸は戦前、巡洋戦艦「榛名」や空母「瑞鶴」「大鳳」等の大型水上艦も建造していたが、戦後はほぼ潜水艦一筋。 ・IHIマリンユナイテッド 横浜 イージス護衛艦「ちょうかい」などを建造した石川島播磨重工東京第一工場(現・ららぽーと豊洲)・横浜第三工場と、小型艦や汎用護衛艦を建造していた住友重機浦賀船渠が統合する形で設立。 「ひゅうが」型DDHや「たかなみ」型DDを建造している。 統合前の各造船所も、汎用護衛艦などを多数建造した経験を持つ。 ・三井造船玉野造船所 輸送艦「おおすみ」「しもきた」、掃海母艦「ぶんご」、潜水艦救難艦「ちはや」「ちよだ」、満載排水量で海自最大となる補給艦「ましゅう」など大型支援艦艇や音響測定艦「ひびき」「はりま」のような特務艦艇を建造しているほか、汎用護衛艦も何隻か建造している。 ・ユニバーサル造船京浜 日本鋼管鶴見工場と日立造船神奈川工場が統合する形で成立。 統合前の両者でほぼ独占していた掃海艇の建造を引き継ぐほか訓練支援艦「くろべ」、多用途支援艦「ひうち」のような特務艦艇、砕氷艦「しらせ(二代)」(初代「しらせ」も日本鋼管鶴見)などを建造している。 ・ユニバーサル造船舞鶴 旧日立造船舞鶴工場で旧舞鶴海軍工廠の流れを汲む。 「ましゅう」型補給艦「おうみ」、「とわだ」型補給艦、輸送艦「くにさき」などの大型支援艦艇のほか、「むらさめ」型護衛艦「いかづち」や「はつゆき」型「あさぎり」型の汎用護衛艦の建造経験もある。 ・佐世保重工 旧佐世保海軍工廠の施設の一部を引き継いでおり、「ゆら」型揚陸艦や小型艦の建造も行った実績はあるが、現在は佐世保の海自艦艇や在日米海軍艦艇の整備等を主に行っている。 ・・・ほぼ以上のとおりです。

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いかづち (護衛艦・2代)

護衛艦 いか づち

いかづち 基本情報 建造所 運用者 艦種 級名 艦歴 計画 昭和28年度計画 発注 起工 進水 就役 退役 保管船に種別変更 除籍 要目 基準 1,070 満載 1,300トン 88. 0 最大幅 8. 7m 深さ 5. 43m 3. の1番艦。 の「」、「」に続き日本の艦艇としては3代目。 艦歴 [ ] 「いかづち」は、昭和28年度計画乙型警備艦1202号艦として、で1954年12月18日に起工され、1955年9月6日に進水、1956年5月29日に就役し、に編入された。 、隷下に第7護衛隊が新編され「」、「」とともに編入された。 からの間で川崎重工神戸造船所において特別改装工事が実施され、54式50口径3インチ単装砲をMk. 34 50口径3インチ単装速射砲に換装、前部の40mm連装機関砲を撤去し、艦橋上の射撃指揮装置をMk. 51からMk. 63に換装、Mk. 34射撃用レーダーも搭載された。 また、戦闘区画諸室への冷房装置が施された。 、第7護衛隊が隷下に編成替え。 、第7護衛隊が呉地方隊隷下に編成替え。 、保管船に種別変更され、艦籍番号がYAC-30に変更。 のに係留され、停泊実習艦として使用された。 、除籍。 参考文献 [ ]• 石橋孝夫『海上自衛隊全艦船 1952-2002』(並木書房、2002年)• 『 増刊第66集 海上自衛隊全艦艇史』(海人社、2004年) ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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護衛艦・潜水艦の造船所

護衛艦 いか づち

護衛艦「いかづち」 艦級概観 艦種 護衛艦(DE) 建造期間 1954年 - 1956年 就役期間 1956年 - 1983年 前級 次級 性能諸元 建造時 基準:1,070(DE-203は5トン増) 全長 88メートル 289 ft 全幅 8. 7メートル 29 ft 吃水 3. 08メートル 10. 1 ft 深さ 5. 4メートル 18 ft 機関 (各6,000) 2基 2軸 速力 最大26 5,900 16kt巡航時 乗員 160名 兵装 2基 2基 1基 54式投射機 8基 54式爆雷投下軌条 2条 3基 対空捜索用 1基 水上捜索用 1基 捜索用 1基 攻撃用 1基 いかづち型護衛艦(いかづちがたごえいかん、: Ikazuchi-class destroyer escort)は、のの艦級。 初の国産警備船の一環として、度計画で建造された。 建造単価は16億円であった。 艦名はの「」「」、「」「」に続き日本の艦艇としては3代目である。 来歴 [ ] (昭和26年)、大将は、に対しておよび(LSSL)を貸与することを提案した。 これを受けて(昭和27年)、内において、これら軍艦の受け皿となるとともに将来の海軍の母体となるべく、が創設された。 そして同年のの発足とともに、海上警備隊は海上保安庁の航路啓開部を吸収してに改組され、である(のちの)とともに保安庁の隷下に入り、本格的な再編制への体制が整えられることになった。 海上警備隊創設の呼び水となったフリゲート等の貸与は政治上の問題から遅延していたことから、まず整備を完了した船艇を「保管引受け」として借用し、基幹要員の教育訓練が急ピッチで進められることとなった。 警備隊の発足時に保有していた船舶は、「保管引受け」中のPF 4隻とLSSL 2隻、および海保から所管換された等76隻であった(参照)。 貸与軍艦の引き渡しは1月14日より開始され、PFは「」、LSSLは「」として就役した。 警備隊発足年度である昭和27年度予算では、これらの警備船の運用基盤を整備するための支援船(水船や重油船など)の建造が優先され、戦闘艦艇の建造は行われなかった。 続く度予算でも、当初は小型掃海船2隻が要求されたのみであったが、1952年12月末、大蔵省より、防衛分担金の枠内で130億円を艦船建造費に振り向ける旨の内示があったことから、では、急遽、戦闘艦艇の国産新造計画を立案した。 本計画では、甲型警備船(DD)2隻と乙型警備船(DE)3隻のほか合計16隻の建造が決定された。 このうち乙型警備船としては、主機の「」と、主機のが競作されることになった。 設計 [ ] 同年度の他の艦と同様、基本設計は財団法人船舶設計協会に委託して行われた。 計画番号はE-102。 計画にあたっては、アメリカ海軍のやのや 、も参考とされた。 船体 [ ] 同年度の他の艦と同様に平甲板船型を採用したが、風圧側面積削減のため、甲板室は連続せずに艦橋背後で中断し、煙突も1本とされた。 艦型は「あけぼの」よりも多少小さいが、ディーゼル主機の採用によって、機関区画の縮小および機関科員の減少が生じており、乗員一人あたりのスペースは1. 8と、「あけぼの」よりは余裕ができ、28DDと同水準を確保できた。 ただし、もともとの運用構想では、本型を含むDEはDD座乗の隊司令の指揮を受けることになっており、司令部設備は備えていなかったが、建造の最終段階で「いなづま」に最小限の隊司令部設備が追加されることになり、居住性は若干悪化した。 なお、「あけぼの」では、蒸気タービン主機の採用に伴う機関部重量増大を補うため、上部構造物には広範にが採用されていたが、本型では、蒸気タービンよりも振動が大きいディーゼル主機を採用したことから、アルミニウム合金の使用範囲を削減したほか、主船体への軟鋼の使用割合と板厚の増加等の対策が講じられた。 機関 [ ] 上記の経緯より、本型では主機が採用されており、付きトランク・ピストン型中速を搭載した。 1番艦には製、2番艦には製のものをそれぞれ搭載しており、出力は各6,000馬力で26ノットを発揮した。 これらは当時海外でも例を見ない高出力・中速機であり、当初は初期不良に苦しめられたものの、これらを克服したのちは予想以上の好成績を示した。 燃料搭載量は「あけぼの」の約8割ではあったものの、ディーゼル機関ならではの燃料消費効率の良さによって、16ノット巡航時の航続距離は35パーセント増加した。 また重量・容積、省力性などでも「あけぼの」の主機に優り、以後のDEはディーゼル推進艦として建造されることとなった。 装備 [ ] 28年度計画DEの兵装はおおむね共通であり、基本的には上記のくす型警備船(PF)をもとに、一部を更新した構成となっている。 センサー [ ] は、DEながらも対空捜索用と対水上捜索用の2基を搭載するというDDに準じた体制をとっており、対空捜索用としては28DDで搭載したをもとに小型化して開発したOPS-2、また対水上捜索用としては28DDと同じを搭載した。 ただしOPS-2は、DEに搭載できるようにアンテナを小型化したことから、目標の探知性能は大幅に低下せざるをえなかった。 または28DDと同構成で、捜索用としてを、また攻撃用としてQDAを搭載した。 武器システム [ ] としては、PFで搭載されていたをした54式が搭載され、方位盤による指揮を受けた。 としてはが搭載された。 もPFで搭載されたアメリカ製兵器のデッドコピーが搭載されており、をもとにした試製54式対潜弾投射機、投射機Mk. 6(K砲)をもとにした54式爆雷投射機、および54式爆雷投下機12型が搭載された。 特別改造 [ ] 28年度計画DEは、対潜艦としての性能の追求よりも、まず米海軍のDEに相当する警備船を国内で建造することに意義を求めた部分があり、上記の通り、装備には既に陳腐化している部分も少なくなかった。 このことから、1958年末より、性能の不備を是正するための特別改造工事が行われた。 これにより、艦砲はに、また砲射撃指揮装置もレーダー装備の(1基)に更新され、代償として40mm連装機銃のうち1基を撤去した。 ただし「あけぼの」と違い、爆雷兵装の削減は行われなかった。 またソナーについても、QHBaは改良型のSQS-11Aに、またQDAもSQR-4に更新された。 同型艦 [ ] 一覧表 [ ] 艦番号 艦名 建造 起工 進水 就役 退役 除籍 DE-202 YAC-30 『保管船』 1954年 (昭和29年) 12月18日 1955年 (昭和30年) 9月6日 1956年 (昭和31年) 5月29日 1976年 (昭和51年) 3月31日 1983年 (昭和58年) DE-203 YAC-31 『保管船』 玉野事業所 1954年 (昭和29年) 12月25日 1955年 (昭和30年) 8月4日 1956年 (昭和31年) 3月5日 1977年 (昭和52年) 3月15日 運用史 [ ] 2番艦「いなづま」はに竣工し、第二次世界大戦後の国産護衛艦(警備艦)では最初の就役となった。 同年、準同型艦「あけぼの」とともにの隷下に第7護衛隊を新編し、のの新設に伴ってその隷下に編入された。 その後、新世代護衛艦の増勢に伴い、には護衛隊ごとへ、そしてには呉地方隊に配属替えとなった。 なおこの際、「あけぼの」は護衛隊から切り離されて横須賀地方隊に転属となっている。 両艦とも老朽化に伴い、からにかけて支援船籍の保管船(いわゆる予備艦)に種別変更され、に揃って除籍された。 なお、で対潜訓練中の「いなづま」に「あけぼの」が衝突、艦橋を破損し「いなづま」の乗員2名が死亡、2名が負傷する事故を起こしている。 海自の事故調査委員会によれば、原因は「あけぼの」の操艦ミスであった。 さらに翌5日、で入渠修理中の「いなづま」でが爆発、乗員3名が死亡、乗員4名とドック従業員2名が負傷した。 登場作品 [ ] ゲーム [ ] 『』 Ver1. 97にて実装。 1958年度の特別改修後の艦が実装されている。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• , p. 24-35. 12-23. , p. 46-49. DMM 2020年3月17日. 2020年3月24日閲覧。 参考文献 [ ]• 『防衛庁技術研究本部十年史』防衛庁技術研究本部、、1962年、104頁。 阿部, 安雄「海上自衛隊護衛艦整備の歩み 海上自衛隊護衛艦史1953-2000 」『』第571号、、2000年7月、。 阿部, 安雄「護衛艦の技術的特徴 - 2. 推進システム」『世界の艦船』第742号、海人社、2011年6月、 106-111頁、。 石橋, 孝夫『海上自衛隊全艦船 1952-2002』。 「国産護衛艦建造の歩み」『世界の艦船』第827号、海人社、2015年12月、。 高須, 廣一「兵装 海上自衛隊護衛艦史1953-2000 -- 海上自衛隊護衛艦の技術的特徴 」『世界の艦船』第571号、海人社、2000年7月、 188-195頁、。 海人社, 編纂. 「海上自衛隊全艦艇史」『世界の艦船』第630号、海人社、2004年8月、。 海人社, 編纂. 「護衛艦隊1961-2011その所属艦の変遷」『世界の艦船』第750号、海人社、2011年11月、 21-39頁、。 関連項目 [ ]• ウィキメディア・コモンズには、 に関するカテゴリがあります。

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