人でも殺めてきたんか。 FINAL FANTASY XIV, The Lodestone

【歴史/人物の雑学】聖書による「神が人間を殺めた数」の本当のところ

人でも殺めてきたんか

千鳥(ノブ、大悟)がMCを務める『テレビ千鳥』(テレビ朝日系、レギュラー放送は毎週月曜24:50~)のスペシャルが、12月22日に放送。 料理中の大悟とノブのやりとりに視聴者が釘付けになった。 今回の企画は「DAIGO'Sキッチン」。 普段料理をしない大悟が感覚だけでおいしい料理を作る人気企画で、彼のレシピを試した視聴者からも好評の声が届いているという。 ゲストは渡辺直美、新川優愛、博多華丸。 スペシャルということで、5品を作ることになった。 まず、大悟は1品目として「茶碗蒸しって美味しいの分かってるけどなんか薄いよね。 だったら濃いの作っちゃえばいいじゃん テリヤキ茶碗蒸し」と命名してから作業を開始。 レギュラー放送では、ノブと掛け合いをしながら料理をしていたが、ノブと華丸らだけでトークが完結してしまうため、大悟は「(何も話しかけてくれないのならば)ただの料理人やん」とボヤき、ゲストを笑わせた。 そして、軽量スプーンを使わず調味料を入れたり、躊躇せず水をドボドボと入れたりと大暴れ。 ゲストの心配の声を無視しつつ「砂糖は思ってる倍」との名言が飛び出す一幕もあった。 続いて、牛タンを揚げる斬新な料理「タンカツ」にとりかかる大悟。 ネギを巻き牛タンに衣をつけていくのだが、つけ終えた後、水道で手についた衣を一生懸命取ろうとする大悟に、ノブは「人でも殺めたんか!」とツッコミ。 続けて、揚げた牛タンを試食した大悟は「そんなに美味しくないから、ソースとマヨネーズをべちゃがけする」と強行手段に出て、渡辺らをあきれさせた。 また、部活帰りに出してほしかった丼をテーマに作ったご飯ものには、フライドチキンの肉をそぎ、炊飯器に投入。 さらに、うなぎのタレとバターを投入しかきまぜると、ゲストは「やめてくれー!」と悲鳴。 ノブは「インドネシアの飯」と頭を抱えた。 そのほか、牡蠣や白子などが入った牛乳ベースのスープ、上沼恵美子が12~13年前にある番組で作っていたという、豚キムチを乗せたうどんなどが完成。 料理中、大悟の無双はとどまることなく、フライパンから落ちた玉ねぎを拾って戻した際には、ノブから「優愛が食うんぞ!」と注意された。 いよいよ試食。 意外や意外、あまりの美味さに笑みをこぼしてしまうゲストたちに大悟はお酒をグビグビ飲みながら大喜び。 あれほど不評だったタンカツは「激ウマ!」、フライドチキン飯も、新川が「バターも効いてる」とコメントすれば、華丸も「桐島、部活続けるってよ」と驚いた。 そして、大悟の一番のファンであるノブは「もう店せぇ!」「レシピ本出せぇ!」と最大限の称賛を送っていた。 インターネット上では、大悟とノブとの軽快なやりとりに「久しぶりにテレビで涙出るほど笑った」「なんで美味しくできるん??www」「ノブの突っ込みワードはやっぱりすごいわ」といった声があった。 Official Program Data Mark(公式番組情報マーク)• このマークは「Official Program Data Mark」といい、テレビ番組の公式情報である• 「SI Service Information 情報」を利用したサービスにのみ表記が許されているマークです。 「Yahoo! テレビ. Gガイド」はYahoo! JAPANのサービスであり、ヤフー株式会社が株式会社GYAOと協力して運営しています。 - - - - -• Copyright C 2020 IPG Inc. All Rights Reserved. Copyright C 2006-2020 PRESENTCAST INC. All Rights Reserved. Copyright C 2020 GYAO Corporation. All Rights Reserved. Copyright C 2020 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

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愛しい敵車の殺めかた

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幕末四大人斬りとは? 幕末の京都では 「天誅(天に変わって成敗するという意味)」といわれる、殺人を正当化するような思想が横行し、多数の暗殺事件が起こりました。 そのため、さまざまな人物が暗殺者として要人暗殺に手を染め、実に多くの人物が命を落としていたのです。 そんな時代に、 幕末四大人斬りとして恐れられたのが、• 田中新兵衛(薩摩)• 河上彦斎(熊本)• 岡田以蔵(土佐)• 中村半次郎(薩摩) の4人でした。 天誅の先駆けといわれる田中新兵衛 四大人斬りの一人である 田中新兵衛ですが、彼は武家の出身ではありませんでした。 諸説ありますが、船頭の子、もしくは薬種商の子ともいわれています。 どのような剣術を使ったかについても不明で、薩摩藩士ではないものの薩摩出身であることから、薩摩示現流の分派である可能性が高いとされています。 田中新兵衛は土佐勤王党との関わりが深く、党首である武市半平太と意気投合し、義兄弟の契りを結ぶほどの仲でした。 また、岡田以蔵を始めとした志を同じくする者と徒党を組み、集団で暗殺を繰り返していたとされています。 多くの人物を斬り続けた新兵衛 田中新兵衛は、安政の大獄で尊王攘夷派や活動家を一斉に検挙した島田左近を暗殺しました。 一度は暗殺に失敗した新兵衛でしたが、その後1ヶ月間にわたって左近を付け回し、最後は加茂川の河原まで追いかけて斬首、先斗町でさらし首としたそうです。 これがいわゆる「天誅」の先駆けとされています。 その後も、同じ尊王攘夷派の本間精一郎や、町奉行の役人である渡辺金三郎、大河原重蔵、森孫六、上田助之丞といった人物を暗殺したといわれています。 謎が多い新兵衛の最期 田中新兵衛は、公家の姉小路公知が暗殺された「朔平門外の変」ののち、現場に新兵衛の刀と薩摩下駄が残されていたことから、犯人と断定されていた仁礼源之丞らとともに捕縛されました。 この時、町奉行の取り調べを待たず、新兵衛は隙をついて持っていた脇差で割腹するとともに、喉を切り自害します。 この事件は謎が多く、真相は解明されていません。 新兵衛の刀が数日前に盗まれていたとされることや、襲撃の手際の悪さなどから、新兵衛の犯行なのか疑問視されてきました。 ですが、近年の研究では、田中新兵衛を実行犯とする説が有力になっています。 緋村剣心のモデルとなった河上彦斎 河上彦斎は、人気漫画「るろうに剣心」の主人公で人斬り抜刀斎の異名を持つ緋村剣心のモデルとして、ご存じの方も多いのではないでしょうか。 河上彦斎は肥後細川藩熊本城下に生まれましたが、次男だったため、11歳のときに河上家へ養子に出され、藩校で学問と剣術を学びました。 16歳のころに城勤めをするようになり、掃除坊主として藩主に仕えています。 その後、国老附坊主という身分まで出世したそうです(ここでいう坊主は僧侶のことではなく、武士階級の呼称)。 剣術は我流であったと伝えられていますが、伯耆流居合(ほうきりゅういあい)を修行していたという説もあります。 尊皇攘夷の思想を受けて… 彦斎は、このころ藩に召し抱えられていた宮部鼎蔵と出会い、尊王攘夷派の思想に影響をうけます。 同じ肥後藩の志士の中には、脱藩して上京しようとした者も多くいましたが、宮部と彦斎は藩命で上京できるようひそかに朝廷へ裏工作を行いました。 これが実を結び、朝廷から熊本藩へ京都警護要請が下ったことで、二人は上京することになりました。 その後、文久3年(1863)「八月十八日の政変」という、公武合体派が尊王攘夷派を京都から追放したクーデターが起こりました。 この事件をきっかけに公武合体派が勢力を盛り返し、長州藩は三条実美を始めとする7人の尊皇攘夷派の公卿が京都を追われる事態に。 このとき彦斎は熊本藩を脱藩し、長州へ向かいます。 この折に三条実美の警護を務めたそうです。 ところが翌年元治元年(1864)、京都に潜伏していた宮部鼎蔵が6月の池田屋事件で新選組に討たれてしまいます。 その後、彦斎はふたたび京都の地へ向かいました。 慶応3年(1867)、彦斎は熊本藩の藩論を変えるために帰藩しますが、すでに熊本藩の実権は佐幕派に握られていたため、投獄されてしまいます。 獄舎から出られたのは慶応4年(1868)の2月だったため、大政奉還や王政復古の大号令、そして鳥羽・伏見の戦いの際は獄中で過ごしました。 明治政府から疎まれたゆえに 時代が明治となり、明治政府が成立すると、攘夷論を掲げている彦斎の存在を疎ましく思う人たちがあらわれます。 さらに彦斎が、同じ思想を持っていたはずの木戸孝允(桂小五郎)や三条実美の心変わりを追及。 このことがきっかけとなり京都の要人は彦斎と会うことすらしなくなったようです。 その後、明治政府から思想的な危険人物と判断され、明治4年(1872)の1月に日本橋小伝馬町の処刑場で斬首となりました。 佐久間象山の暗殺に成功するも? 河上彦斎に斬られた「佐久間象山」の肖像画。 人斬りとして有名な河上彦斎ですが、意外にもその暗殺で記録に残っているものは一件、 佐久間象山の暗殺のみです。 当時洋学の第一人者だった佐久間象山は公武合体派の開国論者であったことや、自信過剰な性格だったこと、くわえて馬に西洋の馬具をつけて乗り歩いていたなどの行動から、尊皇攘夷派から命を狙われていました。 彦斎の佐久間象山暗殺にはさまざまな説があります。 暗殺の動機は、象山が長州追放や池田屋事件に関わっていた、たまたま道で居合わせたなどがあり、はっきりとした理由は判明していません。 ですが、彦斎は後に象山の業績を知り「取り返しのつかないことをした」と後悔し、人斬りを止めてしまったといわれています。 「人斬り以蔵」で知られる岡田以蔵 岡田以蔵は土佐藩の下級武士である郷士の家に生まれました。 1862年、土佐勤王党の党首である武市半平太が、公武合体派で土佐藩の実権を握っていた吉田東洋の暗殺を行いました。 国内の政治の流れが尊皇攘夷に向いたこともあり、土佐勤王党は強い力を持つようになっていきます。 岡田以蔵はそんな武市のもとで多数の暗殺を繰り返していました。 剣術は相当な腕前だった以蔵ですが、学はなかったようで、土佐勤王党結成時の血判状から彼の名前が消されていたことなどから、武市に勢力拡大のための手駒として扱われていたと考えられています。 悪くいえば、「いいように使われていた」といえるでしょう。 しかし、文久3年(1863)に京都で起こった八月十八日の政変後、土佐勤王党の勢力は衰えていきます。 その後、土佐勤王党と疎遠になった以蔵は、坂本龍馬の紹介で京都に滞在していた勝海舟の護衛をしたこともあったようです。 そのため以蔵は、坂本龍馬とも親しい関係であったと推測されています。 27歳の若さで打ち首・獄門に 以蔵は元治元年(1864)の6月頃に、商家への強盗の罪で幕吏に捕縛されました。 このときは変名である土井鉄蔵と名乗っています。 その後は京洛追放となりますが、そこを土佐藩の藩吏に捕まり、土佐へ送られました。 土佐藩は、吉田東洋暗殺および、京都での一連の暗殺事件実行犯捕縛のため、土佐勤王党の党員を次々と捕らえていました。 以蔵も拷問をうけ、やがて自分の罪状や暗殺した人物の名前を自白。 これが引き金となり、土佐勤王党党員は次々と処刑されていきます。 岡田以蔵も、慶応元年(1865)に打ち首、獄門となりその生涯を終えました。 最も多くの人物を斬ったとされる以蔵 暗殺した人物は数多く、関わったことが確実なものだけでも、井上佐市郎、本間精一郎、文吉、渡辺金三郎、森孫六、大河原重蔵、上田助之丞、池内大学ら8名に及んでいます。 幕末の京都は非常に多くの暗殺事件が起こっていたため、以蔵が関わっていた事件がまだあるのではないかともいわれています。 「人斬り」として恐れられた中村半次郎 中村半次郎(明治のころからは桐野利秋と名乗る)は薩摩藩の武士である中村与右衛門の次男として生まれました。 半次郎は薩摩藩の武士であるため、示現流や野太刀示現流の道場に通っていたとされています。 しかし、父が島流しにあい、その頃に兄も亡くなったため貧乏な生活をしており、剣の形や流儀は独習によるものだったと伝えられています。 文久2年(1862)半次郎は西郷隆盛とともに島津久光に従い、京都へ行きます。 半次郎はそこで諸国の志士たちと関わるにつれ、倒幕の思想を持つことになったようです。 半次郎はきちんとした政治的ビジョンを持っていた人物でもあったため、明治政府では陸軍少将・熊本鎮大の司令官・陸軍裁判所所長といった役割も担いました。 最期は銃弾に倒れる 西郷が政府を去ると、それに伴って半次郎も政府を去り、やがて西南戦争が起きます。 この戦争の主導権は主戦論者の一人である半次郎が握っていた、ということが定説となっています。 そして明治10年(1877)、西南戦争で半次郎は銃弾に倒れ、戦死しました。 師であった赤松小三郎を暗殺 血気盛んな半次郎には血なまぐさい噂はいろいろとありますが、慶長3年(1867)9月に赤松小三郎を暗殺した事件が記録として唯一残っています。 当時の赤松小三郎は薩摩藩でイギリス式兵学を教えていましたが、出身地の上田藩の要請により、帰藩しようとしていたところでした。 赤松は薩摩の内情に詳しく、「幕薩一和」という薩摩と幕府を和解させようとする思想を持っている人物。 赤松に師事していた半次郎でしたが、赤松が幕府に味方する可能性もあるため、帰る直前に暗殺を行うことを決めます。 この暗殺には西郷の反対もありましたが、半次郎は「敵方に先生がいると本気で戦えない」という言葉を伝え、赤松と絶縁の盃を交わしました。 こうして半次郎は、薩摩の軍事機密漏洩を防ぐためという理由をつけて、暗殺を強行しました。 当時の薩摩藩は赤松を重用していたこともあり、この事件について公言することを避け、真相は解明されていませんでした。 そんな中、昭和47年(1973)に中村半次郎の『在京日記』の一部が発見されたことで、真相が明らかになったという経緯があります。 人斬りという呼称は、後の世になってつけられ、池波正太郎や司馬遼太郎などの小説によって広く知られるようになったのです。 彼らは多くの人を殺めましたが、それはそれぞれに日本の将来を憂い、自分の正義に従っておこなった行為だったのです。 関連記事:.

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「殺す」と「殺める」の違いって何ですか?

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はじめに 略称"いとてき"、電〇文庫から好評発売中です。 よろしくお願いします。 wotのギアさん主催による23日目の記事になりますが、アドのような内容にはなっておりません。 そういうのは他の方が上手くまとめてくれていると思うのでそちらをご覧ください。 今回のテーマは、プレイヤーである私 Kapelana ににおける心情について再度問いかける禅問答になります。 これを読んでくださる人の何人が共有していただけるか分かりませんが最後まで読んでいただければ幸いです。 愛しい敵車 ある日のE-50に乗ってランダムで稼ぎ試合終盤に差し掛かったあたり、残っている敵はスーシング 以下スパパ だった。 締りのない空虚な思考によるプレイでとりあえずとダメージをとることしか考えていない私は、いつものようにマウスを滑らしスパパのをエイムする。 するとその視線に気づいたのか、彼は主砲を上に向けふりふりし始めた。 なんとかわいらしい光景だろうか。 にその手法は意味無いのに、必死に一発でも多く弾こうと頑張っている。 はめんどうだから今度は砲塔脇のほっぺにエイムを置くかと考えていたが、フリフリするせいで左右に動いているそれは当たり所が悪ければ弾かれる可能性が出てくる。 そう思ったら自然と狙いは車体下部へと移っていた。 そう、何もや砲塔をわざわざ狙わなくとも最初から車体下部は抜ける。 ここは平地だから角度がきついわけでもない。 つまるところ彼は私のE-50と出会った瞬間から抜かれるのは確定していた。 下部にエイムを合わせても砲塔と主砲の動きは変わらない。 相変わらず必死にを守っていて主砲真下の弱点を晒しぬかれる場所を増やしている。 どうやら狙いを変更したことに気づいていないようだった。 これから俺が貫通させて撃破するのは、スパパであり、ふりふりしてを守ろうとしている一生懸命な初心者の意思そのものでもある。 ゲームをプレイする行為では上級者から初心者まで何かを目指して意思を持ち行動している、その愛しい敵車のプレイヤーの意思を俺が今から殺すのだ。 だがはたして俺は彼ほど懸命に真剣に意思を持ってプレイをしているのだろうか。 自分に覚悟があるならいい、勝ちたい撃破したいより高いダメージを出したいと目標があるのなら餌食としてしまうのは上達するルールの上なので正当化される。 しかし、真摯な彼の命と意思を、何も考えていない俺が奪う行為は果たして許されることなのであろうか。 こんなにも愛しいスパパを、彼だってもっと弾いて撃ちたかったろうに。 俺の堕落したなんかより・・・一瞬、クリックするのを躊躇った。 独白 私は歴として動物園や 以下BB 、等プレイしてきました。 これらのゲームは当然ではありますが敵を倒すことが勝利目標になり、そのためにより強い武器や機体から戦車、マップ戦術や連携を研磨します。 「ゲームをプレイする」といっても意味は多岐に渡り、勝利するのが、敵を倒すのが、オンラインで顔の見えない相手と文字(声)だけでコミュニケーションをとれ連携したりコミュニティを形成するのが、機体や戦車が動いているのが、楽しいなどがあります。 勿論一つだけの目的のために最初からプレイする人は少数派であり、というのもどれも幾許かの期間をプレイした後にやっと理解する、気づくのができる感情です。 私の周りにはたびたび最初からそのゲームで勝利することのみを考える人がいたのは確かですが・・・ 私は最初は機体や戦車が動いているだけで楽しいと思う派、つまり派でしたので勝ち負けなどどうでもよく、戦車が動く!キャタピラが回って主砲が撃てる!おまけに敵が中に人がいて撃ち合いの競争もさせてくれるのか?なんていいゲームなんだ!がWotとの出会った時の心境でした。 段々試合数を重ねる内にそのゲームで上手くなりたい(この時は沢山勝ちたい)と思うようになります。 その過程で上手い人とコミュニケーションを取ってもらったり教えてもらう中でコミュニティを形成し、試合の中での連携を通して楽しいや嬉しい悲しいなどの感情を共有する。 オンラインゲームという名の底のない沼の中で貴重な人生の時間を溶かすのは、ある意味で共犯者的だなと今更ながら思う。 っぽい。 戦車を初めて1年半あたりで敵を撃破するのが堪らなく楽しくなってきた。 連携して敵を突破し「勝利」するのが楽しかったのが、連携し「敵を撃つ」のが楽しく気持ちが良いんだと気づいた。 確かにでもBBでも撃破するのが結果として勝利といったひとつの結果で現れるだけで、最初から私は敵を撃つのが気持ちよいと感じるプレイヤーだったのだ。 自身の方向性を理解できたならフォーカスを当てる。 やりたい事とやるべき事が重なったならばそれを実行するだけ。 雑魚を延々と刈り取るために戦場で最大効率を求めるのも中々楽しかったのだが特に新しい発見は無く、敵を撃破するのよりマップや編成ごとにルーティンを研ぎ澄ますのが主な作業であった。 そう、快感が作業にまで墜ちてきていた。 最早現状ではここまで研磨された自信を打ち砕くような衝撃に出会うことはここではないと考えた結果、WGL 以下トーナメント)に繋がる。 とりあえずWN8を高めWGLチームを立て参加し優等をとり上手いプレイヤーになる最低条件を満たしていく為に必要とされる行為は、私が考えるに敵を倒し続けるといった行動から生まれた幾つもの結果でしかなかった。 反芻 自己研磨において満足するレベルや目標に達したとき、リアルや趣味、人間関係や他の事にも当てはまるが、今まで丁寧に丁寧に積み上げてきた積み木をぶち壊す破滅願望を実行する、これほどにまで痛快な事はない。 ただしリアルにおいては自我に対し抑圧が働くので妄想レベルに留まる。 これはオンラインゲームではどのように作用するのか。 例えば、私が何かの三優等チャレンジ、いやダメージのスコアアタックの方が適切だろうか、をしている時、ゼッコロケツブロなどによってショボ沈してしまうとする。 この瞬間目標を3000dmgとしていたとき0ダメで死んだなら取り返すのには3000以上の試合を数回または6000を取らなければ巻き返すことは出来ない。 やってしまったと思う一方で開放されたと思う自分もいるのは確かだ。 今までマップと編成と味方の動きをにらめっこして大事に育ててきた目標と自身の意思を打ち砕く。 スコアを出してで自慢して自己満足に浸るのも、積み上げてきた意思を砕くのもどちらも同じくらい気持ちのよいのだと、その時知る。 この気持ちを著『』では次のように表現している。 昔、四十七士の助命 を排して処刑を断行した理由の一つは、彼等が生きながらえて生き恥をさらし折角の名を汚す者が現れてはいけないという老婆心であったそうな。 現代の法律にこんな人情は存在しない。 けれども人の心情には多分にこの傾向が残っており、美しいものを美しいままで終らせたいということは一般的な心情の一つのようだ。 十数年前だかに童貞処女のまま愛の一生を終らせようと大磯のどこかで心中した学生と娘があったが世人の同情は大きかったし、私自身も、数年前に私と極めて親しかった姪の一人が二十一の年に自殺したとき、美しいうちに死んでくれて良かったような気がした。 一見清楚な娘であったが、壊れそうな危なさがあり真逆様に地獄へ 堕ちる不安を感じさせるところがあって、その一生を正視するに堪えないような気がしていたからであった。 ・日本文化私観 他22篇 の位置No. 3546-3559. 私は血を見ることが非常に嫌いで、いつか私の眼前で自動車が衝突したとき、私はクルリと振向いて逃げだしていた。 けれども私は偉大な破壊が好きであった。 私は爆弾やに戦きながら、狂暴な破壊に劇しく亢奮していたが、それにも拘らず、このときほど人間を愛しなつかしんでいた時はないような思いがする。 ・日本文化私観 他22篇 の位置No. 3662-3668. 引用元によればこの自滅願望のようなものは一般的な心情であり、難しい目標は一種の綱渡り的な性質を持っているのが理解できる。 渡り終えたとしても途中で落ちてもどちらもよく、有終の美と緩慢な死どちらがどちらなのか誤謬させられてしまう。 正直これについての判別はランダム戦において考えていても分別が付かないので一旦環境を変える事にする。 有終の美と緩慢な死、どちらが正解かはライフスタイルにおいて存在していないあるいはしている。 そう想ったのはWGL APACリーグや個別大会等 に参加して暫く経ってからだった。 今更ながら人の昔話ほど退屈なものはないのだが、私が所属していたBGにおいてそれを感じ実際に目にすることが多かった。 初期の段階においては敵チームを倒し勝利するのが一番であり嬉しく、そこには淀みの無いメンバーの意思統一が存在し昵懇な間柄の、ましてや不純物的意図が入る隙間などは無かった。 私はそれこそが求めていた物でここでそれを感じることこそが居場所と信じ当時は疑いもしなかったが、人間だからこそ堕ちるのであり、生きているだけで堕ちる者でもある。 そう、半年あたりから快楽が堕落を始める。 初期の崇高なる設計をメンバーの入れ替えで大きく外れ始めると(今想えば抜けた彼らはそれをより早く察していたのかもしれない)人間関係にひびが入る。 ひびと言っても何も喧嘩や険悪な雰囲気になったりお互いを避けたりするといった決裂ではなく、なんとなく一緒に目標に向かう気持ちの方向性がずれていたり阿吽の呼吸が出来ず連携に間違いが発生したり、究極的には日常的な会話が致命的に合わなかったりする、居心地が悪くなる。 しかし、WGLはサラリー制度が発足し割のいいアルバイト程度の収入が発生して尚且つ大会の賞金もあるので抜けるかどうかをそもそも天秤に掛けること自体ありえない。 ここで発生するのが終わり方の選択である。 有終の美と緩慢な死、皆が望むのは前者のような大会で優勝や、または難しい戦車で自分の定めた目標を達成したりCWEで満足いく結果を出しそれを機にスパッとやめる。 が、これを実行できる人間は極少数であり、大半の人間は有終の美を求めながら緩慢な死を迎えてしまう。 そこにあるのは肥大化したプライドか。 ゆえに私はBGの最後、名前を変えて最底辺で構わないから賞金(といっても新入社員の一か月分の手取りほど)を取りにいかないかと誘われた時、哀惜と憐憫の念を覚えながら辞退した。 尊大な自尊心が私にはまだ残っていた、あるいは臆病な羞恥心か。 何よりも一度は確かにあったチームの志がここまで墜ちて、加えて死を認めるのではなく名前を変えてごまかそうとする、神聖でないものを自分たちの中では神聖たらしめようとした行為を許すことができなかった。 コミュニティ 少数戦やCWの楽しさの正体とは一体何なのであろうか。 それは今までランダム戦で培ったポジションや動きの根本的常識であるテンプレートを覆す、そこにコミュニケーションを加えて起こる、何万戦としてきたであろう自身の破壊にある。 破壊と言っても破滅的意味ではなく知識を生かしたゲームシステムの昇華であり、言わばWoTアップデートである。 ここからは各々の感性によるが、CW 15vs15 と少数戦 7vs7 では好き嫌いが大きく分かれる。 前者は良くも悪くも一人あたりに求められるスキルが少ない、一方で後者においてはプレイヤースキルは勿論だが一発が勝敗を左右し試合開始から何秒でリポジションするかなど繊細さが勝負を分ける。 少人戦は自分のクリックで勝敗が変化すると考えたら堪らなく興奮する。 相手も自身と同じ、ランダム戦の奴らとは異なった、勝つといった覚悟を持った人間だ。 その高尚なる意思を殺すのもチームメンバーの意思を生かすのも私の指に託されている。 これ程、正正堂堂が合う瞬間を私は他に知らない。 CWでは15vs15で残念ながらこの感情が薄れてしまう。 それを行えるのは、タクティクス同士の戦いをする指揮官だけで、兵士はやる気があるのからないのまで玉石混交な環境になる。 これに関してはほぼ毎回と言って間違いない。 仮に2人のプレイヤースキルが拮抗していると仮定して、キレるのを正当化する訳ではないがそれほどまでに熱く真剣に取り組んでいる男と、それを避けたり馬鹿にしたりする男、明確にCWに対する熱量に差異がある。 これらが同居してしまう事ほど不幸なことはない。 ゆえに私はあまり好きではないのだが今現在はこれしかない。 なので自身の熱量を調節し口と思考を慎み、我慢する。 楽しいのだろうか。 不幸になるのは私だけなので社会性を持ちコミュニティルールに則るのは正解であるが、内なる意思の堕落はとどまるところを知らない。 敵って誰だよ 自己紹介は十分書いたので敵について分類していく。 この辺の敵• 敵プレイヤー• マップとオブジェクト• ケツブロ• わけわからんLT 1. 彼らを放置しておくと味方の黄色以下がしゃぶられ戦線が崩壊しダメージを稼ぐゲームメイクをすることができない。 対抗策として A. 彼らが溶かすのと同じかより速く敵の弱いプレイヤーを溶かす B. 彼らと対峙する の二択がある。 がいなければAをとる価値はあるが、もし2枚以上いるならば即座に飛んでくるのでアクティブに動けず困る展開が多い(ex. マリノフカ北) Bに関しては非常にリスクが高いが、もし同じtierで彼らを倒せたなら残りをしゃぶり放題のボーナスタイムが発生する場合が多い。 私の周りの大体のプレイヤーはソロの場合でAを、ならBを選択する。 のが3,4年前のセオリーだった。 現在はプレイヤーが勝率よりもダメージと優等を重視する傾向にあり、Aをで選択した場合における結果としての勝利が多く見られる。 アノニマイザーも実装された以上こちらの方が適応しているように思える。 私はソロ専なのでの動きは詳しくありませんが・・・ ex. 想像通りの試合とはちゃめちゃな試合 試合の中で対峙する相手と最近のランダム戦における戦闘リズム• 序盤は存在するならばトコトコ族を撃ち通行料を得たりHTがポジションに着く前にすでにエイムを置いておき一発いれる• 中盤にはある程度腕のあるプレイヤー(程々に削れている)との対峙• 終盤に残っているのは死にぞこなった黄色以下のプレイヤー これが想定通りの試合の流れであり、この状況で稼いだスコアは予想される範囲の嬉しさと満足さが得られる。 サプライズは特にない。 的には面白いが対人的には面白さを失ってしまっている。 AIと戦っているみたい。 はちゃめちゃな戦闘こそ対人ゲームにおける醍醐味であると考えられる。 (省略) 2. マップとオブジェクト まともに撃ち合いをさせてもらえなかったりする苦手マップはBANマップとして対策をするのが今でこそ可能となったが、それでも嫌なマップは数多く存在する。 例えば湖の村だったりストジャンキもやだしマリノフカの北や崖の北も苦手ではもちろん漁師の港も敵だ。 それに加えて微妙にオブジェクト判定がバグっている岩や地面、滑る岩、謎の柵 ex. ムロヴァンカ中央、崖飛行場の遺跡や飛行機 、などがあり楽しさやモチベーションを削ってくる天敵である。 マップの飽きもモチベーションの敵で最早要望になってしまうが、HDマップは存在してもいいのだれけどもそれ以前のマップも残し共存の道を取ってほしい。 というのも例えば旧エーレンと現エーレンどちらも存在したり、コマリンや湿地もそのまま残したり、聖なる谷も修正前と後で2パターンあれば糞マップ共ではあるが、動きや配置のテンプレート化がされにくくなり飽きるのに今以上に時間がかかる。 WGには何も期待していませんが・・・ 3. 茂み これは自身の知識との戦いである。 二重か、どこまでばれないか、このタイミングならいつも使えない茂みが有効になるのではないか、隠蔽率的に200mまでなら15mルールを使えば視界460ぐらいの奴にはばれないかなど状況判断力と思考の回転率との戦い。 私自身もまだまだなので多くを語ることはできないが詳細な事前知識を要求される。 ケツブロ がに「後ろにも目をつけるんだ」とアドするセリフがある。 劇中においては正面の敵と戦いながら戦況全体を見渡し見えていない後ろの状況を予測し把握することで、一歩先の行動をとるのを意味している。 wotにおいては稜線内側などで稼ぎすぎると俺も俺もとずいずい味方が来る際にこの言葉を思い出す。 後ろから感じるのだ、ケツブロの視線を。 脳内での例の音が響く。 はっと後ろを見ると味方のVK100pが真っ直ぐケツに向かってくる、あいつは間違いなくケツブロだと決め付け、稼ぐだけ稼いだらリポジションを私は考える。 私のブログの読者の中にはこの感覚を知っている人も少なくは無いだろう。 稼ぎすぎはよくないな、と思わなければならないこのゲームは一体なんなのだろうか。 味方が敵なのか、他人の分まで食べてしまおうとする強欲な自分がいけないのか。 最早言葉は不要か。 者的思想であるが昔の仕様でも今仕様のでもいいからさっさと一枚制限にして欲しい。 一枚なら時間管理ができるので撃たれてもなんとも思わないが、これが三枚になると誰がいつ撃ったのかもはや把握するのが不可能になる。 一部 ユーザーも一枚制限の方がいいと要望しているのに何を頑なにクレームの元を修正しないのか甚だ疑問。 HTは正面の敵と側面の敵の射線を考えてポジションにならないよう動いているのに、そこに第三の射線を複数作るのは本当に勘弁して欲しい。 お偉いさんにゲームをプレゼンして実際にプレイしてもらう場合にHTだとボコボコにされ何が面白いのか分からないのでに乗せざるをえず、その時に一枚制限だとマッチ時間が長くて不満を持たれてしまったり、「重戦車や中戦車はすぐやられてしまうが、このって車種は一方的に撃てていいね!」のような評価をもらってしまい、が故に枚数制限もnerfも出来ずに現在の状況に至ったのではないかといった妄想をしている。 (WG) もしくはWG自身は本当にの現枚数が正しいと思っている。 (WG) 6. わけわからんLT ガンレイ積んで後ろで芋ってる152mm積んだT49とダン、お前らだよ。 相手はEBRなんだが・・・(六感の音が鳴り響く) 撃つべき敵 戦いと勇気は、隣人愛よりももっと多くの大きな事をなしとげた。 あなたがたの同情ではなくて、あなたがたの勇敢さこそこれまで不幸な目にあった人たちを救った。 「善い、とは何か?」とあなたがたはたずねる。 勇敢であることが善いことである。 小娘たちに言わせておくがいい、「善いこととは、優しい感動にみちたこと」と。 人々はあなたがたを無情だと言う。 しかしあなたがたの愛情こそほんものである。 そしてわたしはあなたがたの愛情をあらわす際の羞恥感が好きだ。 あなたがたはあなたがたの満ち潮を恥じ、他の人々はかれらの引き潮を恥じる。 あなたがたは醜いだろうか? よし、わが兄弟たちよ!それなら醜い者のつけるべき外套、すなわち崇高さを身にまとうがいい! しかしあなたがたの魂が偉大になると、あなたがたの魂は傲りはじめる。 あなたがたの崇高さのなかに、悪意が宿る。 わたしはあなたがたをよく知っている。 悪意という点で、傲り高ぶる者と弱者が仲良しになることがある。 かれらはおたがいを誤解しているのだ。 わたしはあなたがたをよく知っている。 あなたがたは、憎むべき敵をのみ、持つべきである。 軽蔑すべき敵を持ってはならない。 あなたがたはあなたがたの敵を誇りとしなければならない。 そのときはあなたがたの敵の成功が、あなたがたの成功ともなる。 ; 氷上 英廣. 上 の位置No. 1009-1023. 『』"戦争と戦士"からの引用です。 いい本なので一度是非読んでみてください。 基本的にが説教する内容ですが、全方位について述べているので、読んで刺さる章がその時の自身の状況によって変化します。 おすすめです。 における敵、ルール上の敵ではなく、打倒すべき対峙する敵または好敵手とは一体誰のことを指すのであろうか。 wotであれば「味方すら敵なので15vs15ではなく1vs29である」と高らかに述べる人を度々目にする。 しかし私はそうは想わない。 最終的な敵とは結局のところ自分自身であり「1vs1」である。 ランダム戦での目標(例えば自分が定めた要求ダメージ)に達すまでイモだろうが扇動だろうが使える手をすべて使ってどこまで非情になれるか。 そこに味方の妨害が加わろうともそれすらも予測しカバーする想像力を持つ。 ケツブロされて自走に撃たれてしょぼちんしてしまうなどで味方を恨んだところで仕方がない、仕返しにケツブロし返したところで失ったHPは戻ってこないし粘着される要因にもなる。 黙って引くことが要求されている物に対し最も誠実な回答である。 ここで憎むべき敵とは味方やライバルではなく、目標を定めた自分自身なのだ。 他のプレイヤーはこちらの意図なぞ知る由もなく目標も違えば考えている内容の根本(戦車が動けばいい、でストックから開発するなど)が異なるので、間違っても味方のせいにしてはいけないし、敵のゼッコロに文句を言うべきではない。 軽蔑すべき憎むべき敵を外に作ってはならない。 恐れるべき敵は定めた目標に対する驕った自身の意思である。 最初に述べたスパパを撃つときに生まれた迷いは、私の驕りを示している。 そのおかげで、愛しい敵を捕らえることができた。 ではいかにして殺そうか。 殺めかた tier10の5Aに乗り357or447を引いたとき、まずはどのように、どこでなら、格下と撃ち合えるかを考える。 撃ちたいのはIS-3、3発正面から抜いて上振れば撃破できる。 だが、そこに同格が来ては興ざめなので最前線を選ばなければならない。 初手は前線の一歩後ろの茂みで様子を見るか、そもそも同格の戦車が弱いなら全員倒すの心意気でいくのもあり。 それの意思を殺すやり方は複数あり、近距離で車体を乗り上げ最大俯角で行うハルダウンによる射撃、中距離の有利な地点から相手の多少硬い部分を抜く射撃、そして遠距離からのクロス。 とポジションの関係から推測する。 ステップ北でがいないなら最前線でもいいし後ろの二連木でもいい。 ルイン南ならG1で有利ポジションでハルダウンや街のEF2まで張り付いてもいいし、EF9も熱い。 ダメージならG1一択だし、優等なら真ん中を観測しクロス組めながら撃ち合えるEF2、勝率だけを求め味方を信じるならEF9もなしではない。 目標を定める。 今回やりたいことはIS-3を撃つなので街中に行きたい。 なぜならば俺が奴を殺すから、他の誰にも取られたくはない。 最終的な統計スコアが安定するのは間違いなくG1であるが味方を信じるといった博打要素を自分から孕んでまで、IS-3を殺したい。 塗装も無く主砲は初期砲の彼を誰にとらせてなるものか。 試合が始まったが街中の味方がなんだか心もとない。 仕方がない、今回はG1で甘んじるか。 この瞬間、私の意思が捻じ曲がる。 G1平原どちらでもいいが後手に回り結果的に5000ダメージを稼いでも心地よい気分にはならないだろう。 目標から逸脱し始めている、がショボチンは受け入れられない。 脳内の予測と殺意がせめぎ合う。 試合の終盤に確かにGHJKラインを行き来して稼ぎIS-3を殺したが、嫌な予感通りベコベコに減った彼を最後に倒しただけで当初思い描いていた正面から3発ではなかった。 試合を終えリザルトを開いてみれば、後手後手で爽快ではなかったがダメージは5000に達し平均ダメと優等が上がる結果となり満足はした。 しかしどうだろうか、この5000は辛いポジション G1K2 にて堪え難きを耐えたもので、マップアドバンテージも無ければ、相手の布陣を受け流しの中で嵐が過ぎるのを待っていたような辛さがある。 求めていた彼の意思を手にかけることができなかった消化不良の喪失感が心に沈む。 端的に言えば、結果を目標にするのか、試合内容を目標にするのか、不倶戴天の敵同士両者を求めてしまった故に選分けられなかった事実へのもやもやが心を占める。 未だにこれらについて私自身どうすれば答えが出るのか分からない。 今はただ、どんな敵に対しても煽りなどではなく、嬉しいといった感情を持って敵を撃ち続けている。 おわりに 技術のみを追求すればセンスの壁に阻まれる。 センスを追求して感覚を磨けば、やがて時間の積み重ねという厚みに潰される。 月に寄りそう乙女の作法2 この一文はプレイする前に常に私の心の中で反復され続けられている。 ランダム戦でいくら稼ごうが磨こうが少数集団戦における敗北時の満足感やロシアンスパユニ(環境が違うのは重々承知だが)との差に、一方で集団戦に籠ってしまえばランダム戦(、戦績、勝率、ダメージ優等etc が疎かになりwotの本質と乖離していく。 両立することが可能ならばいいのだが二足の草鞋は履けない。 終着点として、強い意思のぶつかり合いである集団戦に長く居すぎたせいか敵の心情を読み取る余裕がランダム戦では生まれてしまった、などと偉そうな態度へ堕ちてゆく驕った思考。 対峙した初心者の初々しい意思を殺す、それらから発生する対人ゲームを楽しいと思える感受性の堕落を恐れているだけの唯の臆病な人間でしかない。 そう際限なく気分を沈めながら、スーシングの下部へ向け、優柔不断な人差し指に添えられた左クリックを深く押し込んだ。 発売から数年経っていますが人は鯖くらいいます(多分)。 SteelDivision2は嫌いダメえうげん君は今すぐwargameの新作開発に着手しろ。 民または知り合いには投げつけていますが他にもやりたくなってみた人がいたら連絡ください。 僕はいつまでも待っています。 護送されるLVPT君 かっこいい君 起承転結なし、生の感情、昔話、雑然とした文章で一万字を越えてしまい反省しております。 ここまで読んでくださりありがとうございます。 Kape.

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