死に たい けど 死に たく ない。 生きているのが辛くて死にたいけど、死ぬ勇気が無いです

死が怖くない方いますか?

死に たい けど 死に たく ない

補足説明過労死の原因の多くが脳や心臓疾患で、発症前の1ヵ月に100時間を超える残業をした場合、または2~6ヵ月間につき80時間を超える時間外労働があった場合に関連性が強まるとされています。 オフィスがあった港区へ自宅の葛飾区から都営浅草線で通勤します。 途中の駅にはサラリーマンのメッカと言われる『新橋駅』もあるので、 通勤電車はいつもサラリーマンとOLがぎゅうぎゅう詰めです。 わたしは終電で帰ることが多かったんですが、乗っている電車が『新橋駅』で止まってしまうことがよくあります。 大抵は「人身事故のため〜」とアナウンスが流れ、しばらくすると電車が動き出すのですが、たまにいつまでも動き出さないことがあります。 駅のホームに出て様子を見てみると、ブルーシートで完全に隠されて見えないようになっているのですが、駅員さんたちが慌ただしくしている様子が伝わってきます。 おそらく誰か電車に飛び込んで死んだのでしょう。 その誰かとわたしはもしかすると近い状況にいたのかもしれません・・・。 しかし 考える余裕もなくまた明日も大量のタスクをこなしていかなければ家に帰れなくなってしまいます。 残業が毎月200時間を超えるなんて、普通の会社に勤めている人たちからしたら信じられないかもしれませんが、広告業界で働く人には珍しいことではありません。 数年前に大手広告代理店の電通で女性社員が自殺した事件以降は、少しずつ働き方が変わってきているみたいですが、広告関係はいまでもかなり仕事がハードな業界です。 今の自分から見て、あの頃の 自分はかなりヤバい状況だったんだなぁと改めて思います・・・。 死のうとは考えていなかったと思いますが、いつもフラフラの状態で働いて仕事がなんとか終わってボロボロになって家に帰り、コンビニで買ったご飯を食べて煙草を吸ってシャワーを浴びて寝ようとします。 すぐに眠りたいのですがなぜか眠ることも出来ず、2時間くらい漫画か本を読んでようやく寝られるといった生活をしていました。 そして3時間くらい寝て起きてまた仕事にいく繰り返しです。 仕事の内容はマーケティングの企画だったので企画書をつくってはプレゼンして、ダメだったら徹夜してつくりなおしてまたプレゼン、また頻繁に怒られるポジションでもあってひどい時は 夜中の12時から2時頃まで怒られた時もありました。 それが約10年前のわたしです。 現在は地元の大阪に住み独立起業してデザインなどの仕事をしているのですが、めっちゃ気楽で快適でストレスフリーな働き方と生活を送っています。 朝は起きたい時に起きて夜も寝たい時に寝られる、行きたくない会社なんてものは存在せず、好きな仕事をやりたい時にやりたいだけできます。 普通のサラリーマンが働いている平日の昼間から遊びにいくこともしょっちゅうです。 そのかわり事業を続けていくための責任の重さはありますが、それにあまりある自由な生活を楽しんでいます。 もしあなたが働くことに疲れてボロボロで生きるのがツラいと感じてしまっているなら、ここに書いてあることは気休めにもならないかもしれませんが。 わたしはあなたにもう少し生きて 幸せになる方へと進んでほしいと願っています。 ウツ病やメンタル不調の話 会社を辞めて起業する当時わたしはウツ病でした、その話もしておこうと思います。 最初はウツ病を自覚していなかったのですが 少し変になっていて仕事中に事故を起こしてしまいました。 ブレーキとアクセルを思い切り踏み間違えた事故、居眠り運転でオカマを掘った事故、車庫入れ時に思いっきりぶつけた事故、免許を取ってから今まで一回も経験したこと無いような交通事故を、ひと月の間に3回も起こしてしまい、自分でも 「これは変だ、普通の状態じゃない・・・。 」と気がつきました。 またこの頃は、仕事でのイヤな人間関係でのトラウマがひどくて人間関係がとても苦手でした。 これから独立起業するにも関わらず仕事仲間をつくることに恐怖を感じていたようでたくさんの仕事のチャンスを棒に振っていたと思います。 でも現在は完全治癒していると自分で思っています。 3年くらいはかかりましたが、仕事を辞めてストレスが多い環境を離れて心と身体を休めながら、元気になるために色々なことをやっていくと徐々に良くなっていくことは体験済みです。 ウツ病になってしまうと ネガティブになる傾向があることはよく知られていますが「死にたい・・・」と考えてしまう方も多いそうです。 もしあなたもそんな風に考えたことがあったらウツ病の可能性もあります。 まずはストレスの要因(多くは仕事の人間関係)から遠ざかりましょう。 補足説明ウツ病になると「死にたい」「消えてなくなってしまいたい」という気持ちが強くなるという症状がでることがあります。 そのためウツ病が治るとその気持ちも無くなっていきます。 統合失調症の人たちの話 2011年に亡くなった尊敬する叔父の話を聞いてください。 叔父は25歳くらいで統合失調症になったそうなんですが、それはそれは大変な人生だったと思います。 常に 耳元でイヤなことを言われる幻聴に悩まされていて、キツい薬をのみながら日々自分と戦っていました。 まだ症状が軽かった若いころは働きにも出ていたそうですが、見た目にはわからないけどやはり普通の人のようには出来ないことも多くて、周りの人たちは精神病に対して理解がないし 心ない言葉を沢山言われたことでしょう。 補足説明統合失調症の症状は大きくわけて3つあります。 幻覚・妄想などの「陽性症状」、意欲低下などの「陰性症状」、臨機応変に対応しにくい「認知機能障害」です。 叔父はとても優しい人で子どもの頃にはよく遊んでもらっていましたが、しだいに症状が重くなり薬の量も増えて入院することが多くなっていきました。 わたしが二十歳くらいの頃には精神病の隔離病棟にもよくお見舞いにいきました。 病院にいくと2重の扉があり 絶対に外に出られないように厳重にロックされていてその中に入っていくとたくさんの精神病患者が生活しています。 若い女性もいるし10代に見える男の子もいるしおじさんもおばさんもいます、ずっとぬいぐるみを持っている人もいるし、外に出られないのに一生懸命に化粧しておしゃれをしている人もいるし、ヘッドギアをつけている人もいるし、鍵のついた部屋の中で拘束具をつけられている人もいます。 中にはもう10年以上も家族が誰1人会いに来ない人もザラにいるそうです。 何度か会いに行っている中で一度、叔父が拘束具を付けられていたことがありました。 看護師に言ってすぐに外してもらい、なぜ付けていたのかと聞くと 「自殺しようとした」からだと言うことでした。 それが本当かはわかりませんが、本当だったとしても無理もないかもしれません。 普通の人のように働きたくても働けない、精一杯生きているのに人からバカにされたり気味悪がられたりする。 普通の結婚なんてのも出来そうもないしお金もないし、幻聴に悩まされるし薬の副作用はキツいし・・・・。 精神病の症状は治ることも改善していくこともありません。 そんな境遇の叔父がほかの精神病患者たちとつくったコミュニティがありました。 その名前は『ぼちぼちクラブ』ぼちぼち生きていこうと意味でつけたそうですが、叔父は自分自身も大変な状況にも関わらずそこでほかの精神病患者を勇気づけるための話をしたり皆で生きていくための活動をしたそうです。 なにもいい事は無くても自分もツラい状況でも人の為に何かをできる叔父は、本当の意味で 心が豊かな人だったんだと思います。 わたしは叔父を尊敬していたし大好きだったので、どんなにツラくて苦しい時も「叔父が死ぬまで戦わなければならない病気に比べたら何でも無いことだ」と思って耐えることができました。 その叔父は60歳手前で亡くなりました、最後の最後まで病気と闘いながらも優しく接してくれた叔父に本当に感謝しています。 さいごに もしあなたが明日会社に行きたくなくて死んでしまいたいと思っているなら、死ぬ前に会社を辞めるか休むかしましょう。 あなたの親がまともであれば会社を辞めようが学校を辞めようが生きてくれている方が良いに決まっています。 それでも働けと言う親なら言うことを聞く必要はありません。 あなたが知らないだけで、世の中には楽しく笑って生きられる職場や仕事が沢山ありますし、どれだけ仕事や転職で失敗だらけでも普通に働けるだけで素晴らしいことです。 追い詰められてしまうと普通の思考もできなくなってしまいますので、まずはしっかりと 心を休ませてあげてください。 それからあなたの幸せを探していきましょう。 最後までお読み頂きありがとうございます。 まだまだ話したいことはあるのですが、今回はこのくらいにしておきます。

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なぜ私が死を恐れないのか、その7つの理由とは…

死に たい けど 死に たく ない

大学生の女子です。 私は数年前からある症状に悩まされています。 生活にも支障が出ており、もうそろそろ限界といいながらも今も生きています。 もういい加減どうにかしたい気持ちが強くなり、精神病院に行くか悩んでいます。 私の状態がどうなってるのか知りたいですし元に戻りたいです…。 (ちなみに病名に当てはまるなら、解離性障害、離人症だと認識しています。 2〜3回だけ心療内科に通ったことがありますが、その時にもそう言われました) 精神疾患なのかな、病気なんだろうなと心の片隅で思う反面、自分は甘えてる逃げてるだけ、病気なんかじゃない、本当に病気の人に失礼、被害妄想が大きいだけ、自分は病院に行って楽になったらいけないという気持ちがあり、中々病院に行けません。 行きたいけど、行きたくないとも思います。 きっと、病院へ行って自分の状態を認めるのが嫌だからなのもある気がします。 自分の中で矛盾してて自己嫌悪になります… 同じような思い、考え方をする方いらっしゃいますか? また、病院へ行く勇気の出し方、考え方、アドバイスがあれば教えていただけると嬉しいです。 拙い文章で申し訳ありません。 よろしくお願いします。 ユーザーID: 6028356749 どういう症状なのか分かりませんが、精神疾患は甘えじゃないですよ。 れっきとした心の「病気」です。 「生活にも支障が出て、そろそろ限界」と感じているなら早く行きましょうよ。 取り返しのつかなくなる前に。 経験談になりますが、1年前、ブラックな会社で上長からのパワハラ、そして連日の客からの罵詈雑言に苦しみ追い詰められ、死を意識するようになり、このままじゃまずい、とお世話になったことがあります。 激しい胃痛 胃カメラは問題なし や全身の皮膚がめくれはじめるなど、身体に症状が出てたので、私の場合精神科ではなく心療内科を受診しましたが……結局、鬱一歩手前の適応障害でした。 薬をもらい、精神薬なんて…と抵抗もありましたが、まずは薬で心身をととのえ、それから病気の原因だった環境を変えるため転職し、今じゃすっかり元気です。 あの時頼ってよかったと私は思ってます。 病気と認めたくない気持ちももちろん分かりますが、もう辛くないですか。 それに、あなたの問題なのだから、他の人に失礼だとか考える必要はありません。 無理しないでお医者さんを頼りましょう。 ユーザーID: 1480372571• 私も こんにちは。 だいぶ辛いのではないかなと少し心配しています。 精神科や心療内科へ通うことが「あいつ、ヤバイ」と思われることが多い昨今ですが、これってなんでなんでしょうね? 【風邪で内科へ通う】【骨折で整形外科へ通う】と同じ事なのにね。 世間の目はまだまだ冷たいです。 私の経験談。 パニック障害で日々、突然やってくる発作に悩まされております。 電車の中などで発作が出るとどうにもこうにもパニック(そういう病ではありますが)状態になってしまいます。 そういう時の対処法を今までいろいろと試してきました。 で、行き着いた答えは『折り紙をひたすら折る』ということ。 とにかく苦しくなる前兆が出たら折り紙をひたすら折る。 鶴をひたすら折る。 この行為、自分の中では2択です。 【発作で苦しいのから逃れたい】か【折り紙折って恥ずかしいし情けない】か 私の場合は前者のとにかく苦しいのから逃れたいっていうのを選択。 鶴を折るともう夢中で。 パニック障害は最新医療では脳疾患とも言われているので、ここは1つ脳をだましてみようという作戦でした。 夢中になり過ぎて電車を乗り過ごしたりもしましたが(笑) あれ?いつの間にか苦しいのが治っている、という感じでしたね。 何を言いたいかというと、たぶんトピ主さんは後者だと思うんですよね。 病気に囚われるのが情けないし周囲の目線も気になる・・・。 これで悩んでいる人が世の中にはとても多いという印象です。 自分が自分で受け入れればラクになれるのにな〜って私は思います。 「苦しいのは病気だからしょうがない」って受け入れればラクになれますよ。 今は薬の種類もたくさんあります。 病院へ行けばきっと良い薬と出会えます。 病と向き合って共に生きていこう。 そういう選択もアリということです。 プロに管理してもらいましょう。 ユーザーID: 8584644213• それはあなたが決める事だよ。 診断を貰えば、対処法がわかる。 そうすればそのコンディション 病気とはあえて書きません とうまくお付き合いできる。 今より毎日が楽になる。 ストレスも減り、本来の自分の明るい部分が出てくる と思います。 案ずるより産むが易し。 先生とは合う合わないもあるので、セカンドオピニオンや 合わなければ他も行ってみるぐらいの気持ちで行く といいと思います。 深い切り傷をして膿んできているとしたら、そうなる前に 病院に行って縫ってもらい、その後も消毒に通いきちんと 直っているか見てもらいますね?それと一緒でしょう。 このまま何もしなければ、不安と症状と自己嫌悪が 増長するばかりでいい事ないですよ。 自分に必要なケアをすることは甘えや逃げではなく 必要な事です。 ユーザーID: 6273226965• ユーザーID: 8263552031• 病名は違いますが 私も13の頃 もしかしたらもっと前 くらいから鬱と思い、成人したくらいから病院に行っています ただ結果的には、違う病名だと、家族が探し当ててくれました 幼い頃の状態、環境、薬を飲んでも良くならないので思い当たったそうです 病院をいくつも行くのは大変だし、先生との相性もあります これだけは言えます まず、 薬を飲んだら、少し楽になります 家族でも恋人でも、理解者、協力者を作ること 頼れる人を探すこと 次に、 原因を突き止め、遠ざける 焦らず、思考回路を変える 私は思考を変えるのに10年くらいかかっています 必ず焦らないで下さい まじめな人ほど悪化しやすいです 昨日一回頑張って考え変えたから今日はいいや、で大丈夫です 病院に行きたくないならそれでもいいです けど体の痛みなど無症状で出てる時もあります 私は通いたく無くて母に連れていかれました 症状も話してもらいました 今も通院は持病の別の病気を言ってこっそり通ってます 投稿主様を考えると涙が止まらないです 頑張らなくていいです、いいんです 最初はただ生きる人形でいいんです けど必要なものは受けたほうがいいです 病院を知り合いに知られたくなければ、会いづらい場所にしたり、症状を言いにくかったら紙に書いても良いと思います 先生はまず薬をくれるロボットだと思ってもいいです 恥ずかしい事ではないですよ うちの家族はみんな鬱でした いまは大分症状が落ち着き、こんなに楽に動ける、生きられるんだっておもいました まず休憩しましょう 法を犯さなければ何してもいいはずですから 期限を決めて休んだって誰も責める権利はありません ユーザーID: 0364014951• たくさんの書き込みありがとうございます。 気が引ける、なんとなく行きにくい、すごく気持ちは分かります。 でも行かないまま良くなることは少ないです。 そのうちに病院へ行く気力も体力も失せてしまうと、取り返しがつかないところまで陥ってしまいます。 第一歩は親に助けを求めましょう。 親が原因だと考えられる場合は、大学の医務室の先生に相談しましょう。 若い時期は不安定なことも多いので、今はとても辛くても数年経てばコロッと元気になることも多いです。 そして不思議なことに、身体と精神は繋がっているので精神の原因が身体にあったり、その逆もいろんなパターンが考えられます。 解離性障害や離人症は珍しい例なので身近に体験した人が少ないかもしれません。 私は20代前半に一時的に同じ症状に悩まされましたが今は お母さんの年代くらいかな 落ち着いて元気に暮らしています。 辛い症状を周りの大人に伝える。 適切な治療を受ける。 薬や病識を学ぶ。 自分の取り扱いを知る。 辛いなら、楽になりましょうよ。 病院行って検査を受けても、こわくないよ。 分からないから不安なんです。 きっと乗り越えられると願っています。 ユーザーID: 5089429166• 精神科も婦人科も内科も同じ トピ主さんは心療内科受診経験がおありなのですね。 そこで「解離性障害」と言われたのでしょう? だったら放置しておくと、記憶が抜け落ちてしまったり 気づいたら知らない場所に行ってしまっていたりなど、もっともっと生活に 支障をきたしてしまうことになると思います。 女性なら、何らかの不調で婦人科に行った方がいいかな、って時、行った方がいいに決まってるけど行きたくないな、って思いません? 精神科も同じですよ。 私は20代前半の時「この症状は精神科だな」と自己判断してまっすぐ1人で精神科へ行きました(鬱) もう30年前のことです。 今よりずーっと敷居が高かったのでしょうが、それより自分の身体(精神疾患は脳の病気)が大切だったから。 解離性障害、離人症などはお薬だけで治すのはもしかしたら難しいかもしれません。 できたら精神科へかかるのがいいです、心療内科ではなく。 でも今は本当は精神科なんだけど「メンタルクリニック」と横文字にしてかかりやすく工夫している医院も多いのでそのようなところを探して見られては? とはいえ、私個人の意見ではやはり精神科病院をおすすめします。 理由は、臨床心理士が勤務しているから。 カウンセリングをやってくれる人がいるからです。 私も最初自分が重度鬱だということはなかなか認められませんでした、自分から病院に行ったのにね。 でも、生活に支障が出てしまって大ごとになっちゃうより早めの対処がいいのはどの病気でも同じです。 病院に行って楽になったらいけないのなら、肺炎やガンになっても家で1人で苦しまなくてはならないのですか?そんなことはないでしょう? 楽になっていいんです。 甘えたっていいんです。 被害妄想が大きくたっていいんです。 (トピ主さんがそうだとは思っていませんが) ただし今は精神科の初診の予約は取りづらいですので早めに行動してほしいです。 ユーザーID: 8667876960• わかるよ 私も仕事で、明らかに自分が変だと自覚したとき、迷いました。 そんな話を職場の友達にしたら、その人が「ここはいいよ」という病院を紹介してくれました。 そんな病院に通っている人には全く見えなかったのに。 人は見かけによらないな、表面では明るくてもみんな悩んでいるのかも、と思いました。 今から思うと・・・なんですが、そこは精神の専門病院でした。 つまり精神病院だったようです。 当時の私は、心療内科と精神病院の区別もついていませんでした。 いいお医者さんでしたよ。 内容はカウンセリングに近かったです。 私の言うことをちゃんと聞いてくれるという感じでした。 何回か通いましたが、よくなるのに本当に助けになりました。 お薬ももらって飲んでいたけど、なんだか髪の毛が抜けるようになって、怖くなって、1日3回だったのに、まじめに飲まなかったです(今から思うと、なぜ医者にそういって相談しなかったのだろう・・・と思います。 病んでいると、まともな判断ができなくなりますね。 あと髪の毛が抜けたのは、食生活が荒れていたからかもしれない)。 でも自分が病気になってみて、学生時代に心を病んだ友達に「薬なんてのまないほうがいい」と言ったのをすごく後悔しました。 自分は何もわかっていなかったのだと。 風邪を引いたらお医者にいって薬を飲むのに、心を病んだら薬は飲んではいけないなんて、無知でひどいことを言ってしまった、きっと友達を苦しめちゃったんだろうなと、反省しました。 何科でもいいんじゃないでしょうか。 医学行政の縦割りで、名前と科が違うだけって感じもします。 一般の医者なら、自己負担の割合は同じだと思います。 お医者さんと相性はあると思いますので、そっちのほうが大事だと思います。 風邪だとほっとかないでさっさと医者にいくのだから、心の病気も同じですよ! 大丈夫です。 胃潰瘍とかの身体の病気と同じで、治療をすれば治ります。 ユーザーID: 2402106440.

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死にたいです。死にたいけど、死ねないです。

死に たい けど 死に たく ない

日本の高齢者の死因「30%が自殺」 こんなに悲しいことってあるでしょうか?せっかく生まれてきて、60年とか生きてきて、「自分から死のう」って考えに至るんですよ。 日本の自殺率は、年齢が高くなるほど上がります。 核家族化、未婚者が増える昨今「 高齢者の孤独な生活」が、メディアに取り上げられていることもありますよね。 高齢者の自殺の原因の多くが「金銭的な問題」なのだそう。 ただ、 周囲に相談できる人がいたり、一緒に苦労する相手がいれば踏みとどまれた人もいたかもしれません。 直接的な原因、自殺の決定打が金銭問題でも、根底には「孤独な晩年」が、ぽっかり口を開けていたのではないでしょうか。 行政に助けてもらえなかった高齢者の末路 日本、なんだかんだ安全な国ですよね。 失業保険や生活保護の仕組みがあり、手続きを踏めば、生活が立ちいかなくなることは免れます。 ただ 「この時代、貧困で死ぬ人なんているの?」というのは、恵まれた人間の認識かもしれません。 国が金銭的に手を差し伸べてくれるラインは、がっちり定められています。 そこに例外はなく、融通は効きません。 過去の保険料の未納や、ギリギリ給付を受けられない程度の疾患など、 ボーダーを超えられなかった人々は、路頭に迷うことになるのです。 「 金がないから死ぬしかない」時代劇みたいな台詞ですが、現実なのです。 経営で個人資産を失うシステムは先進国では稀 日本では経営に失敗した時、担保にした個人資産を失うことになります。 実はこのシステム、先進国では稀なのだとか。 経営に挑戦するハードルが上がるのはもちろん、 中高年にとっては失敗できないシステムですよね。 例えば、中小企業の社長さんが経営に失敗し、負債を抱え、社員に給料が払えず、会社も住む家も失って自殺……。 もしこの時、個人資産が確保できれば、会社を潰すだけで済みます。 それならなんとか老後の生活は立て直せそうですが……。 再挑戦が難しい年齢で、一文無し……。 こうして、困窮から命を失うパターンもあるのです。 若者の死因ナンバーワン「自殺」 若年層の死因で、ぶっちぎりの1位である自殺。 筆者の中学時代、先輩が自殺してしまったことがありました。 あまり面識のない先輩で、「男性関係のトラブルが原因」と周りに聞かされて、当時はそういうものだと思ってました。 ただ今思えば、「 なぜ本人が死を選んだか」本当の理由は本人しか知ることはできません。 自殺の本当の理由、もし誰かに話すことができたなら、自殺はしなかったのではないかと思うのです。 自殺の「原因」と「きっかけ」の話 多くの場合、自殺は突発的に起こるものではありません。 「 自殺の原因」として報告されるものは、単なる「 自殺のきっかけ」であることが圧倒的に多いのです。 自殺者の心の底には、「 本人だけが抱える孤独」や「 継続的な悩み・苦しみ」があります。 「死にたい……」と思いつめながら、 最後の最後に「きっかけ」に背中を押されてしまうのです。 自殺の原因は、一つの出来事に断定できるほど単純な問題ではありません。 「自殺の理由ランキング」に見る複雑な心情 年間30,000人に及ぶ日本の自殺者。 厚生労働省による「 自殺の理由ランキング」を見てみましょう。 1位 健康(49. 2%) 2位 経済・生活(16. 2%) 3位 家族(14. 9%) 4位 勤務(9. 5%) 5位 男女(5. 1%) 自殺とは、「自分を殺す」こと。 生き物の本能を無視した行為であると言われています。 1位の「健康問題」を細分化すると、 うつ病が大きなウエイトを占めているそうです。 ただ「自殺理由がうつ病」とは言い切れません。 自殺に至る経緯には、特定のパターンがあるのです。 自殺に至る人はうつ状態で死んでいく 自殺者に最初に降りかかるのが「 事業不振」「 職場環境の変化」などの 外的な困難。 それに心身が反応して「 過労」「 疾患」に苦しめられることになります。 すると、「 家族間の不和」「 男女問題」など、 対人関係に影響を及ぼし始めます。 中には、対人関係が最初に降りかかる困難という場合もあります。 こうして 段階を踏んで苦しんできた人間は「うつ状態」に陥り、自殺を実行してしまうのです。 「もう終わりだ」と思うこと、生きていると起きたりします。 ただ、人間は正常であれば立ち直る強さを持っています。 「本当に終わらせてしまう人」は、もれなく鬱を引き起こしているのです。 正常な心身なら「死」は選択肢にのぼらない? 「死にたい」という感情、本来は生き物に無いものです。 「なにも死ぬことなかったのに」という言葉、自殺を知らされた第三者がよく口にしますよね。 本当にそう思います。 ほっといたって人間は必ずいつか死にます。 自分で死ぬ必要ないのに、と。 他の生き物同様、人間も防衛本能が備わっています。 この 性質上、「自分自身を殺す」のは、とても難しいのだそうです。 身体から命を抜き取るほどの大ダメージ。 これを自分自身に与えるには、リミッターが外れていないと不可能ということ。 それでもなお、 本能を押さえつけ自殺を選ぶ。 これは、うつ状態の脳が悪さをしているからなのです。 「自殺」と「自死」の違い 正常な状態で自ら死んでいった人も中にはいます。 武士の「 ハラキリ」など、「 死に意味を持たせる死」。 正常な精神で持って自害することで、誇りや主張を貫き通そうとする行為です。 これは「 自死」と呼ばれ、自殺とは完全に区別されます。 つまり、精神状態が全く違うということ。 自殺の場合はうつで不健康になってしまった脳に、「死にたい」と思わされている状態です 自殺願望そのものが、うつによる症状でもあります。 「自死」のように死と引き換えに何かを貫く訳ではなく、 「この世から消えよう」とするのが自殺。 本能的に「死」を望む生き物はいないはずなのです。 「死にたい」と「死にたくない」は一緒 ところで筆者、(死恐怖症)なのです。 「 死ぬのが怖い」という立場からすると、「 死にたい」と考える自殺者の心境が理解できなくて、この記事を書くことにしました。 「いつか来る死」を怖がっている筆者、「死にたいと思えるなんて無敵じゃん」と考えていました。 不謹慎ですが……。 しかし 「死ぬ気になったら何でもできる!」よく言いますが、これは心が正常であってこそ。 自殺志願者には全く当てはまらない、的外れな励ましなのですね。 ただ、「 死にたくない」と考えている筆者は、「 死にたい」と悩んでいる人たちにシンパシーを感じるのですよ……。 「あんまり死ぬのを怖がってると、死にたくなっちゃうんだよ」 1993年の映画「 ソナチネ」で北野武が放ったセリフ。 これ、結構本当で。 仏教で伝えられる、「生きている限り続く苦しみ」のひとつに「 死の苦しみ」があります。 「病の苦しみ」とは別に語られていることから、 肉体的な死の痛みではなく「人の死に苦しんだり自分の死に恐怖すること」が、ここでの「死の苦しみ」なのだと思います。 「 死の恐怖から逃れるために、すべて終わりにしたくなる」。 これ「健康のためなら死ねる!」みたいな矛盾を感じますが、 実際タナトフォビアから鬱を発症して、自殺に至った例もあります。 うまく生きたかったけどダメだったから死にたい。 「なんで死にたくないのに死んじゃうのよ?」と思いますよね。 言い方を変えると、「 自殺する人って本当に死にたいの?」とも。 タナトフォビア(死恐怖症)による「死にたくない」という感情は、生への執着から沸き起こります。 自殺に至る人も同じように、自分で決めた生き方に執着するからこそ「死にたい」と思うのではないでしょうか。 言い方悪いですが、しぶとく生きる人っているじゃないですか。 「生き意地汚い」と言われることもありますが、こういう人たちは、基本自殺しません。 「 どんな状態でもいいから生き延びてやるぜ」と考えています。 「死にたい」と考えて、実行してしまう人。 彼らは、 自分で決めた価値観、理想的な生き方から外れることに大きなストレスを感じ、うつ状態になります。 「死にたい」の本質は「死にたくない」だと思うのです。 自殺者の「死にたい」を紐解くと「 上手く生きたかったけど、できなかったから死にたい」と読み取れます。 理想の人生を求めた結果、自殺してしまった。 「生きたかったから死んだ」と感じるのですが、どう思いますか? Advertisement 死にたいあなたへ 生きることは、自意識を操ることです。 自意識を持って、選択して、決定していく。 これが人生ですよね。 そして「まあいっか」と思えない人は、間違えたと感じるたびに思い詰めていきます。 もし今「死にたい」と思っている方。 その気持ち「 名誉の負傷だ」と、なんとかして思うことはできないでしょうか。 生きることは決めること。 決めているうちに死期は来る 辛い環境から逃げること。 世間的には美徳とされていないようですが、何がいけないのか分かりません。 上からタライが落ちてくるのがわかっているのに、黙って立っている必要ないですよね。 コントならタライが頭に落ちて、大爆笑。 でも人生はコントじゃないですから。 嫌なら避けていいはずです。 周りの影響なんて知ったことじゃありません。 「タライを避けることを決める」ところまでが人生で、誰に善し悪しを決められることではありません。 怖い、危ないと思えば逃げる。 本能的に普通です。 もちろん「このことからは逃げたくない」と思えば、徹底的に戦うと決めるのも人生。 ただ、逃げていても戦っていても、そもそも人間は死に向かって一定方向に進んでいること。 「 最後は死ぬ」と決まっているのだから、それまでのことはもっと勝手に、自分で自由に決めていいと思うのです。

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